苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:自帰依

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


タイトルは昨日の1対1のパーソナルコーチングで、少し悔しそうにポロっとおっしゃった言葉ですw

しかしながら、この言葉は、コーチングとは何かを如実に表す言葉だと思っています!


良くご存知なように、コーチングという言葉の由来は馬車であり、馬車とはある地点から別の目的地まで送り届けるという意味が込められています。

つまり、コーチとは馬車であり、目的地まで送り届ける機能です。

それは裏返すと、自分の行きたいところ(目的地)は自分で決めるということです!


もちろん、私のコーチングスタイルとして、質問されたことに対して、理由も踏まえて理路整然とロジカルに回答します!

それは私の中では、最善の回答です。

しかし、その回答が、その人にとって最善であるかどうかは別の話です!

もっといえば、その人が私の回答を受け入れるかどうかを決め、あるいはそれをヒントにもっとより最善な回答を導くということです!


場合によってはスコトーマを外すために、わざと違う方向の回答を提供します。

猫という答えに対し、犬という答えを提供すれば、哺乳類というそれらを包摂した、ひとつ抽象度のあがった回答が現れます。


つまるところこれは、相手との関係性の中で答えが見つかっていく、苫米地式コーチングならではの「行き当たりばったり」の風景です!


「行き当たりばったり」とは、苫米地式コーチングのプリンシプルのひとつです。

その時、その人と、最適なタイミングと関係性のなかで、一番いい回答を一緒に探して見つけていく作業のことを私たちはこう呼んでいます。

戦略的との意味合いでも使います!

言うまでもなく、何も考えなしに、ふらつき迷走する、本来の意味での行き当たりばったりではありません。

ある人にとっての最善な回答が、また別のある人にとっての最善な回答ではないわけです。


さて、そんな『文野さんに聞けば答えがわかって、今のモヤモヤも晴れると思ってました』という言葉が出た経緯ですが、守秘義務の範囲内で答えると、その方はあることに大いに悩んでいます!

それこそ自分の今後の人生を冗談抜きで左右する、かなり重大な分岐点です。

仮にその選択をAとBとしたならば、AとBのどちらがよいのか、あるいはそれらを超えるウルトラCが文野の口から登場することを期待されていました!


そして私が取った選択は何かというと、それらに対して観方や考え方を提供しただけです!

聞かれたことはウソ偽りなく、正直に答える性分なので、そういった言葉がポロっと出た背景を少し考えると、その方にとってのウルトラCをこれまで連発しすぎたのかもしれません!


さて、そんなつまらない自慢話がしたいわけではなく、ここがコーチングの醍醐味です!

それは自分のゴールを自分の頭で必死に考え、それを決めて実践していくことです!


つまりは自灯明自燈自帰依(じとうみょうじとうじきえ)です。

自分で自分を照らし、自らを拠りどころとし、自分に由って立つから自由になるということです。


先ほどのAかBかの重要な岐路に対しても同様のことがいえ、自分でAなのかBなのかを決めないといけません。

いうまでもなく、ここは他人に預けていいところではありません。

私が仮に決めてもいいですが、決めればそれは奴隷の人生の幕開けです。

なぜなら、自分で自分の選択を行えず、あるいは自分の選択に自己責任がとれず、一生私が横で選択をしてあげないといけなくなるからです。


ハッキリいうと、そういうのはまっぴらごめんです。

依存者が増えて喜ぶのは、過去の手垢にまみれた自己啓発です。


少なくとも私はコーチングを自由になるためのツールだと考えています。

自分の意思を相手に預けるのは、自由とは真逆の発想です。

もちろん頼ってくれることは歓迎です!

自分に出来ないことを人に頼ることと、依存することは違います。



コーチングは2人3脚なので、色々なことに向き合いながら一緒に前に進むことは歓迎ですが、それがどうしても出来ないというのなら、あるいは私に全てを選択してほしいなら、私はにっこり笑ってあなたを置いていきます。

もちろん今後また大きく飛翔して、そのときのレベルに相応しい大きな悩みと大きな課題を抱え、再びコーチングを受けに来ることは歓迎です!


答えが出ないということは、基本とても苦しいことです。

しかし私は、「あーでもない!」、「こーでもない!」と頭を悩ませながら葛藤して、自分の答えを必死に導こうとしている姿勢に心から敬意を表しています。


確かにゴールが見つかれば、AがよいかBがよいかが決まります。

そしてそれは往々にして現状の外側であり、現状の外側とはコンフォートゾーンから離れることなので、色々な情動が洪水のように溢れ出します。


そういった大きな感情のうねりのなかで、『それでも!』と、一歩外の世界に踏み出すから現状の外側です。

様々なややこしい手続きをいくつも踏みながら、そこで命がけの跳躍をするから現状の外側です。


よくある現状の外側の誤解は、これらの葛藤を真正面から受け止めず、ただ思考を停止させ、倫理的にもおかしい、程度の低い欲求を爆発させるというものです。

確かに現状の外側とは、自分にとってなじみのないものであることが往々ですが、程度の低いを欲求を爆発させるのは、勇敢でもなんでもなく、ただのドンキホーテであり幼稚園以下の論理です。

軽犯罪を犯すことが現状の外側とは言わないし、サラ金でお金を借りることがノットノーマルというわけではありません。

それはただの都合のいい解釈です。


忘れず実践してほしいのが、答えが出るか出ないかではなく、そこにたどり着くまでのプロセス(ロジック)の方が100倍重要であるということです!

その過程には様々な悩みと葛藤を抱え、血と泥と汗に塗れながら前に進む泥臭いメンタリティーです!

そんな重たい身体で飛び出すからこそ、その一歩がゴールに行き着くための大きなエネルギーを産み出します。

私はそれが人の強さだと思っています!

そこに人の可能性が潜んでいると思っています!


だから、一歩を踏み出しましょう!

それが本気で変わっていくことだと考えています。

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


「こんなはずでは!?」と、過去の自分の選択の誤りを悲嘆したくなる瞬間は、過去に誰しもあるでしょう。

冗談半分で「こんはずでは!?」とオーバーリアクション気味に捉えられた場合は幸いです。
なぜなら、その失敗を踏まえて、次へ進むことができるからです。

そして、どちらかといえば「なんてことをしてしまったんだ・・・」とか、「何故こうしなかったんだ・・・」と、自分を責めたり、圧倒的な虚無感に襲われることの方が大半です。

虚無感に襲われれば、いうまでもなく、冷静な判断力が欠如し、何かトラブルが起こっても、事態を収拾することはできません。

しかも厄介なことに、大抵はそういった選択の失敗は、自分が決して外したくない瞬間に訪れるので、より一層テンパりに拍車をかけます。


さて、こんな事態を避けるために、大きな命題としてそもそも「最善な選択」とは何かを考えてみましょう!

上記の場合というのは、意識的であれ、無意識的であれ、自分にとって「これが最もいい選択だ!」と考えていることから始まります。

そしてその「最もいい」の自分の期待値から、外れてしまうことが原因です。


「最善な」という言葉の裏には、いくつかの選択肢が存在します。

そして選択という言葉には、それらのひとつを選ぶこと、つまり選ぶための情報があったことを意味します!


例えば、A社の株を買うか買わないかを考えると、「A社の株が上がる」という情報を見つけてからを買うということです。

あきらかにインサイダーであるという指摘は横において、「A社はB社を吸収合併し、業界1位の会社になる」という情報をすでにもっていれば、どう考えてもA社の株を買おうと考えてます。

これはある情報に基づく、最善の選択です。


しかし、その後、実はA社が粉飾決算を行っているという情報を得たらどうでしょう?

しかも、すでに粉飾決算を行っていることを公安にリークされており、いつ摘発されてもおかしくないという情報です。

そうなると、どう考えても、A社の株を買おうとは思いません。

なぜなら、A社の株を買っても摘発されれば、下落することは眼に見えており、買わないことが最善の選択だからです。


ここでのポイントは何かといえば、情報の獲得にタイムラグがあることです。

つまり、そのときは最善であった選択が、次の瞬間には最善の選択ではなくなっているということです。

もちろん逆もあり得ます。

「A社がB社を吸収合併する」という情報を知った瞬間と、「A社が粉飾決済を行っている」という情報を知った瞬間は違うのです。

違う以上、前提は崩れ、最善の選択は変わってしまうわけですが、「A社が粉飾決済を行っている」情報を知った途端、A社の株を購入したことに後悔します。

もちろん株価が下がって損をしたことは、非常に悲しい出来事ですが、それと同時に仕方ないことでもあります。

なぜなら、その当時は「A社が粉飾決済を行っている」という情報を知らなかったからです。

知らない以上、どうしてA社の株を購入しないと選択できるのでしょうか?

それこそ「最善な選択」を捨てればそれは可能ですが、そもそも論として、なら何も考えずに選択した場合と同じです!


であるならば、私たちは自分のマインドの持ち方として、どうすることが適切でしょうか?

それは、常に最善の選択をしたと考えるということです!

だがら、失敗したときも「俺(私)らしくなかった。次はこうしよう!」となるわけです。


私たちが日常で良く使う「最善」という言葉は、今自分の見えている情報のなかでの最善です。
 
時間がたてば今持っていない情報が入ってくることは必然であり、それはつまるところ常に私たちは、断片的な情報の中で不合理で不条理な判断をしないといけないということです

そしてこれをもっと突っ込んでいうと、そもそも間違えない方がおかしいのです。


ただこれだけでは少し不十分で、最善の選択をしたと心から思いたいのではあれば、さらにここに自己責任を持つことです。

自己責任という言葉を使うと、日本ではどうしても自分の不始末を自分でつけるというネガティブな意味合いが強いですが、コーチングでいう自己責任はそうではありません。

それは積極的に自分の行動を受けて入れていくことです! 

その行動から派生する良い出来事も悪い出来事も、全て心から自分がそうしたと真正面から向き合うということです。


私がよく使う言葉は、「自灯明自燈自帰依」です。

ひらたくいえば、自分で自分を照らし、自らを拠りどころにするということです。

もっといえば、自分に由って立つから自由ということです。


愉しく良いことは毎日起きているときは、勝手にエフィカシーがあがります!

何をやっても成功すると感じるし、何をやってもうまくいきそうな気がします!

なので、どちらかといえば本当にエフィカシーの真価を試されるのは、自分が手痛い失敗をし、打ちのめされた瞬間です。

その状態でこそ、「それでも!」と心の底からあきらめ悪くいえることが重要です! 


失敗とは、もう1段階飛翔するための、格好のチャンスです!

今まで乗り越えて来たように、ここも乗り越えていきましょう! 

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


Business Journalにて見つけた記事ですが、目を通しみるとあれれという感じです。

この手の話題の記事は読みながら、書いてある内容についてもっと抽象度を高くしてと思ってしまいます!

いつも言うように大事なことは抽象度であり、抽象度という観点が抜けるとそれは往々にして無駄な事例の紹介になりがちです。

統計的に傾向を取り出す分にはいいですが、その因果関係があまりにも乱暴です。

因果関係と相関関係の違いをもう少し明確に意識すべきかなと思います。 


といいつつこの記事の発行元はCyzoであり、Cyzo→苫米地英人ということで、この記事の迂闊な批評は、形だけみればブーメランとなりますが、Cyzoの編集権限をドクターは持ってないよと少し補足しておきますw 


さて、私のこの記事を読んで感じることは、やはり抽象度の高い人が稼ぐということだなと思いました。

年収300万円以下の共通点だそうですが、コーチングの観点から解説すれば、結局のところ、これは私たちが目指したい自帰依(自分に帰依しているかどうか)に関係することだと思います。 

シメにラーメンというパターンは、きっとやっている本人はそれが楽しくてやっているわけですが、冷静に考えれば結構不毛な行為であることは自明だと思います。

暴飲暴食は身体にとってマイナスであることを知りつつも、最後にガツンと食べたいという食欲がコントロールされず、ある種の暴走状態に陥っているということです。

これと同じ構図として、吐くまで飲みたいという人や、ウコンを飲まないと二日酔いなるといいながらお酒を飲む知人がちらほらいますが、吐くなら飲まなければいいとか、どのみち二日酔いになって翌日苦しむなら今飲まなければいいという指摘はとても至極真っ当な内容だと思います。


その点に関して、高収入に該当する人は、そのあたりのコントロールが出来ているように感じます。

全ての人がそうだとは思いませんが、記事の上では少なくともそうであり、私の周りのお金持ちは基本そうです。 

抽象度が高いという言い方だと少しぼんやりするので、前頭前野がきちんと扁桃体へ介入しているという言い方に変えるとどうでしょう?

日頃から前頭前野を使って、論理的に物事を考えるクセをつけると、 前頭前野が扁桃体へ反射的に介入するようになってきます。


また、もう一点こだわりが強いというのが、高年収の方の特徴だそうです。

コーチングにおいても自分の趣味のゴールを持つことは重要だといっていますが、こだわるということがいいのはそもそも何故でしょう?

簡単にいえば、こだわるとは考え続けるということだからです。

世間では〇〇すれば儲かるというような安っぽい宣伝を多数見かけますが、お金の定義をきちんと辿ると、お金の源泉は付加価値です。

付加価値とは何かと言えば、それは誰かの思考を指しています。 

つまりはこだわるとは考え続けるということであり、それが他人が認める価値となってお金が発生し、お金持ちになるというロジックです。

考え続けろといわれると、これまたぼんやりしますが、趣味にこだわれといわれると、もう少しクッキリして見えてきます。

好きなことは徹底的に考え抜ぬくと、独自の目線でその対象物の情報場をつかめるようになってきます。

それは私たちが独創性という言葉で評価している状態です。

独創性が出るまで考え続けるとは、これはなかなかハードルが高いですが、好きなことであればいくら時間を使って苦でないところがポイントです。


ある意味脳を酷使するというトレーニングがこだわるということであり、こだわった結果には往々にして他人が驚くような、想像も出来ないような論理が潜んでいます。

そして自分の現状と、独創性のある別の現状との大きなギャップに、私たちは『すごい!』という感嘆を覚えます。 


そう考えると、ひらたくいえば、高収入と低収入の違いは、脳の働きの違いであるといえそうです。

そしてコーチングは、その脳はフルに使い切るメソッドがたくさんつまっています! 

コーチングがきちんと身につけば、勝手にお金持ちになるという論理は、極めて自然な事と思います。 

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


コーチングが何故必要なのか?

コーチングをツールとして使いこなす上で、この問いは非常に重要です。


ゴールを達成するため。

自分の隠されたポテンシャルを発揮するため。


もちろんどれも正解ですし、どれかが間違いということもありません。

実際、マインドの設計も使い方も、結局最後はゴールに向かって最短で達成するためのものだからです。


ただ個人的には、これはただの通過点に過ぎないと思っていまし、日本によりフィットしたコーチングの文化ではないと思っています。

つまり、それはもっと大事なことがあるということです。


それは『自分に帰依する』ということ。
 

これはその言葉の通り、判断の基準を他人ではなく、自分に置くということです。

そんなの当たり前だといいたくなりますが、誤解を恐れずにいうならば、そんな当たり前のことすら私たちは出来ていません。


なぜならとても残念ですが、日本はつくづくコーチングが大事にする考え方の真逆の考え方に重きを置いているからです。

学校教育なんかがまさにそれでしょう。

将来どうなりたい?と聞かれて、アメリカでは生き方やあり方を答えるのに対し、日本では職業を答えることからも想像に難くありません。 

そしてこれは日本に限らず、私たちの判断は過去の記憶や経験、情動によって成り立っており、そこには必ず親なり学校の先生なり社会といった、自分以外の誰かが関わっていることにも起因します。

人はひとりでは生きていけないから当然です。


自分の発する言葉は、本当に自分の言葉だと確信していえますか?

自分が成し遂げたいゴールは、本当に自分のゴールだと確信していえますか? 

人の認知について知れば知るほど、安易にこの解答は出せません。
  

自分の頭で考え、自分できちんと答えを出す。

そしてその答えに自己責任を持つ。 

コーチングは否応なく、自分と真正面から向き合うことを求めます。

なので、コーチングを使って機能を果たせば、この資質は自然と勝手についてきます。

もちろん、本人は特段気にする必要はないでしょう。


そしてこのマインドを日本社会にインストールしたいと私は思っています。

パーソナルセッションも、コーチング理論実装スクールもその場です。


私たちはついついアプリオリなる解答がこの世にあると連想し、それに興味を持ちますが、そうではなく、むしろその答えにたどり着いたプロセスの方が100倍大事ということです。
 
なので、コーチングは答えを提示することはありません。

あくまで提示するのは、あなたに存在するスコトーマだけです。
 
その上で抽象思考した結果の解答に、真正面から向き合うのみです。


コーチングが何故必要なのか?

この問いを、是非一度自分の頭で考えてみてください。

これが、私がコーチングを通じて伝えたい風景です。

私の機能は、あなたのゴールによってどちらでも変わります。

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※機能とは歯車! 淡々とゴールまで通じます!

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