苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:相対性理論

『頭の回転が50倍速くなる脳の作り方』

本書はIQ向上をテーマに、クリティカルエイジを克服し、加速学習を通じて自分らしい人生を掴むことを目的とした、脳力拡大のガイドラインである。

IQ向上は我々にとってある種、悲願ともいえる、普遍的なテーマのひとつである。

なぜなら、新しい発明もビジネスも資格も、全ては自身の頭の良さが起因するからである。

IQとは、Intelligence Quotientの略で知能指数のことであり、この数値が高いほど知能が高く、低いほど知能が低いことを現す。


さて、具体的なIQ向上の方法論は本書に譲るが、IQの高さとは何かと考えたとき、それはひらたく言うと素早く問題の解決策にいきつく能力である。

例えば、仮に普通5時間かかって解く問題を、10分で解くことができる人がいたならば、その人を我々はIQが高いと評価する。

ここで我々が浮かぶ素朴な疑問は、問題を解くのに5時間かかる脳と10分かかる脳の違いは何かということである。

なぜなら、その違いがわかれば、後天的に自分のIQを高めることができ、結果的に現状の外側のゴールを容易に達成させることができるからである。


IQと問題解決の関係を考えるうえで、天才の代名詞でもある、アインシュタインの脳をこの問いのひとつの切り口として取り上げたい。

アインシュタインの脳は、アインシュタインの死後、実は摘出・解剖され、標本にされている。
もちろんこれはアインシュタインの意向を踏まえたものである。

また、その執刀にあたったのはイェール大学のトーマス・ハーヴェイ博士である。

しかし当時は、遺族への感情が加味されたことと、またハーヴェイ博士自身が歴史的偉大な脳に対し、どのようにアプローチしてよいのか全く見当がつかなかったことなどが要因として、長くその研究が前進・公開されることがなかった。

(※閲覧注意)

このとき、アインシュタインの脳の形や左右の対称性等は、一般人の脳とそこまで大きく変わらなかったが、2つだけ他の脳と圧倒的に違うものが存在した。

初めに前頭前野の厚さである。

アインシュタインは、この部分が他人よりも12ミリ厚かったことが報告されている。

前頭前野とは、ちょうど我々のおでこのあたりに位置する脳の一部位であり、ヒトの論理や抽象思考を司り、知的タスクを専門に扱う部位である。

他人よりも厚いということは、言い換えればそれだけ発達していていたということである。

しかし、この前頭前野の厚さが、生得的なものなのか、それとも後天的に拡大させていったのかは定かではないが、少なくとも前頭前野の機能から考えても、この場所がIQに深く関わっていることは容易に推察できる。


次に脳の重さである。

アインシュタインの脳の重さは、平均男性よりも約120グラム軽かった。

平均男性の脳の重さは約1350グラムであるが、アインシュタインの脳はそれよりも軽い約1230グラムであった。

世間では、よく頭の重さや大きさでIQレベルを計ろうとする冗談を耳にするが、この議論は全く意味のないものであることが、アインシュタインの脳の解剖結果から示されている。

アインシュタインの脳から考えるに、天才を解剖学的に捉えるならば、それは前頭前野が発達した人のことである。


IQの高さに前頭前野が関わってることを踏まえたとき、次に興味が向かうのは、前頭前野の機能をどうやったら高められるのかということである。

鍛えるという観点で考えたならば、前頭前野も筋肉と同じように、使えば使うほど発達する。
これは、脳に可塑性が存在することに起因するからである。

可塑性とは、神経系が環境に応じて最適な処理システムを作り上げるために、よく使われる神経の回路の処理効率を高め、使われない回路の効率を下げるという脳の現象である。

可塑性を理解するには、ジル・ボルト・テイラー博士の事例が最も印象的である。

彼女はかつて脳卒中で倒れ、その後生命は取り留めたものの、感覚器官と言語器官の深い後遺症を負ったが、約8年間の長いリハビリ生活を経て、見事に脳機能を復活させることに成功した。

脳機能が麻痺しても、脳はそれを除いてあまりまる神経細胞が存在し、その他の神経細胞を使えば十分もともとの機能の代替を果たすことが可能である。


その点を考慮すると、生得的な議論を除けば、アインシュタインは最初から今のようなIQの高さを持っていたわけではなく、長く同じ問題を考え続けることで、これだけ前頭前野を獲得したと考えることができる。

実際アインシュタインは、相対性理論を完成させることに10年以上も歳月を費やしている。
 
アインシュタインだから10年で相対性理論を完成させることが出来たと考えるべきなのか、それとも相対論という学問自体がアインシュタインでも10年かかるような難問だったと考えるべきなのかは個人の判断によるが、どちらにせよ10年間も同じ問題に取り組み続けた点は最も注目に値する事実である。

なぜなら、10年間考え続けることは、相当な期間、必然的に脳を鍛えたということだからである。


これをコーチングのコンテキストで紐解くならば、Want-toを忠実に実践することが如何に大きなインパクトを持つかの理解できる。

なぜなら、Want-toを忠実に実践するとは『こだわる』ということであり、こだわるということは『考え続ける』ということだからである。


可塑性を考慮し、IQを向上させることを考えた場合、その方法は繰り返しになるが、前頭前野を鍛えることである。

そして、それは言い換えれば抽象思考をすることである。

抽象思考とは、複数の物事の共通点を見つけ、ひとつにまとめていく思考プロセスであり、その過程で神経細胞の接続が進む。


また余談であるが、徹底的に考え抜ぬくこととは、往々にして独自の目線でその対象物の情報場をつかめるようになることである。
そしてこれは、我々が独創性と呼んでいるものである。

独創性とは、ひとが思いもよらない論理を包摂しているということであり、その状態と現状との大きなギャップに感嘆を覚える。

もちろん大きな感嘆は、それがプロダクトであった場合、高収入につながっていく。

コーチングを通じて収入があがってしまうのは、エフィカシーという観点を入れずとも、脳機能をフルに使うという点で十分説明できる。


コーチングを受けるとき、その過程は自分自身と徹底的に向き合うことになるが、このとき自分が気づかぬうちに封じた心の底に眠る願いを呼び覚ますことになる。

その願いは、我々が現状の外側のゴールと呼ぶ一例であるが、それを達成するためには、さらにもっと様々なことについて考えていくことになる。

なぜなら、そもそも現状の外側のゴールにどうやって気付くかもそうであるが、ゴールをどのように達成していくのか、あるいはどのように課題をクリアしていくかという問いも同時にやって来るからである。


心から望むWant-toのゴールを設定し、それを達成するために日々挑戦、日々思考することは、結果的に我々のIQを高めることにつながる。

現状の外側のゴールを設定し、そこに向かって進むという一見ありきたりに思えるものが、抽象思考という点では本質的に同じであり、自身のIQを向上させるということである。


誤解を恐れずいうならば、我々はよくIQが高ければ、立ちふさがる全ての難題が解決するという幻想を抱いてしまう。

しかし、これは単にセルフイメージの問題である。

自身のセルフイメージの低さから、現状の困難な課題に直面したとき、その原因を安易に自分のIQの問題であると結論付け、そこに結び付けてしまうということである。

もちろん生得的にIQが高いに越したことはないが、上記のセルフイメージの問題は、正しい現状分析ではなく、単に学校における偏差値教育の弊害である。

偏差値によって、学生を全国でランク付けし、そのランクに相応しい将来を選択させるよう仕向けるなかで、偏差値にあった分相応な生き方こそ堅実で望ましいというセルフイメージを擦り込むということである。

そして、いつの間にかIQという絶対的な制約を自身のマインドの中に創り出したということである。

まさに、偏差値が高い=IQが高い、ということであり、偏差値が高い=人生が上手くいく、という洗脳である。


IQをあげるにあたって、我々はなぜIQをあげたいのかという普遍的なところから考える必要がある。

なぜなら、IQだけが高くても意味がないからだ。

むしろ、クルト・ゲーデルのように頭の良さ故に発狂して、悲惨な最後を迎えた偉人は少なくない。
また、なんでも簡単に出来てしまうことにより、達成感を得ることが出来ず、人生をそのままドロップアウトするという事例も存在する。

アインシュタインは確かにノーベル物理学賞を光電効果の発見によって得ているが、かといってノーベル文学賞に特に興味はなく、そもそも得ようとすら思わなかっただろう。

他にも彼自身は数学にそこまで強くなく、計算間違いや、アインシュタイン本人ですら気づかなかったアインシュタイン方程式の解(ゲーデル解)をゲーデルから指摘されている。
 

IQを高めることには、必ずゴールの存在が必要である。

そして、ゴールを持ち、その向って進む中で、IQは自然と向上する。

IQを高めるということは、自分の人生をどうしていきたいかという選択の幅を広げることに他ならない。

自分のゴールを見つめ、それを達成するために必要な挑戦や思考する中で、どんどんIQを高めていってほしい。










ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


ゴール側の自分とは、基本今の自分にないものを持っているものです。

なので、私たちはゴールに向かうとき、『ゴール側にあって今の自分にないもの』を積極的に手に入れようと考えます。


それはもちろんいいことであり、ある程度まではそれでうまくいくことが可能です。

しかし、劇的にさらにその向こうへいくためには、残念ながらそれでは足りません。


なぜならその理由は極めてシンプルで、今持っているものが、新しい概念とぶつかり合うからです。

別の観方をすれば、古い概念で新しい概念を捉えようとするからです。


例えば、苫米地式コーチングは現状の外側という強い縛りを持ったゴール設定から始まります。

しかしゴール設定自体は、小中学校といった義務教育や自分の勤める会社でも、今学期の目標や今期の売上目標といった様々な形で出会いをしています。

事実ゴール設定という言葉を聞いたことがない人がいないぐらい、とてもありふれた言葉であり概念です。

つまり、ゴール設定=小中校ないしは会社で出会うゴール設定であり、その延長線上で私たちのゴール設定を無意識に捉えようとしていまいます。

それで私はゴール設定を出来ているといわれても、うーんとしか言いようがありません。

中古の弦がガタガタのギターを買って必死に練習し、ある程度弾けるようになったところで、中古とは比較にならないくらいの超高級なギターを弾いて、音がずれるようなイメージです。

ゆるゆるガタガタの弦で最適化された指で、ピンと張った弦は勝手が違いますが、本人にはもちろん今までこれで弾けたという強いリアリティがあるために、往々にして超高級なギターこそが悪いと考えます。

だって同じギターじゃんと言いたげですが、それはただの都合のよい解釈です。

このカラクリは私たちの言葉でスコトーマと呼ばれるものです。


私たちのゴールは今持っていないものを手に入れることであり、超高級なギターを華麗に弾きこなすことであるはずです。

ではそこで何が必要かといえば、答えは非常にシンプルで、今持っているものを手放すということです。

ゴール=自我という等式から考えても、古い自我が新しい情報を阻害し、古い自我が新しい縁起を隠すことは明白です。


(引用開始)

この世で一番むずかしいのは新しい考えを受け入れることではなく、古い考えを忘れることだ。

(引用終了)



keynes
@ダンディーな雰囲気漂うジョン・メイナード・ケインズ


私たちは別に、新しい概念が認識できないわけでも、理解できないわけでもありません。

量子力学の、私たちの存在は確率的という結論でさえ、その言葉の意味はわかります。

ただそれが私たちの感覚と合わないために、往々にして摩擦が起こるだけです。

今ここにいる自分は揺らいでいるのはなく、アプリオリだという錯覚です。


理屈は理屈のままでは、知識は知識のままでは、知っていても残念ながら明日の行動を変える礎になることはありません。

本当にそれらを血肉にするためには、不要なものや古いものはドンドン手放していくことが必要です。

そうなれば否応なく新しい概念が、中心にやってきます。

また古い概念から発生するスコトーマをが外れ、新しい概念が古い概念の色眼鏡なしに、新しい概念のまま入ってきます。


言うまでもなく、今までの概念では説明がつかないことが、説明ができるようになるからパラダイムシフトであると言えるのです。

ニュートン力学から相対性理論が説明できないように、相対性理論から量子力学が説明できないように、古いパラダイムから新しいパラダイムをのぞくことは不可能です。

逆はもちろん説明することが可能です。


私たちが本当に興味があるのは、知って楽しいトリビアではなく、自分をドラスティックに書き換えるようなクリティカルな情報です。

これは古いパラダイムを捨てるコツであり、気付いた瞬間は自分でも泣きたくなりますが、たいていは自分がこれまで正しいと信じてきたものが成長を妨げる要因です。

そういったことを体感すると、ブリーフシステムを変えるとは言葉以上に重い概念だと思います。

古い自我を拠りどころにし、古い自我にすがりつくことはとても楽な方法です。

現状の外側を目の前にして、私たちが出来ることはそこから淡々と跳ぶことだけです。


捨てることによって、新しい何かが入ってきます。

ゴール側の情報をたくさん浴びて、ドンドン脱皮していきましょう!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


私たちは誰しもが各々だけのブリーフを持っています。

そのブリーフはこれまでの過去の経験や情動によって形成され、そして私たちを私たちたらしめるパーソナリティーを定義します。


パーソナリティーという言葉は、非常に特別な感じのする、絶対不可侵な領域であると思われています。
それを自我と言い換えてもいいでしょう。

この壁を超えることは誰もに叶わず、そして誰も土足で踏み入れてはならない神聖なる領域であると心の底から確信します。
ですが実際、自我は絶対不可侵どころか、穴の開いた障子ように中と外がツーツーです。
もっといえば、別の穴もさらにドンドン開いていくような代物です。


それはかの大天才、アインシュタインも直面した深淵なる事象です。
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@自分のブリーフを信じ続けたアルベルト・アインシュタイン


彼はご存知のように、相対性理論という華々しい成果を残しており、天才の代名詞として現代も生きています。
余談ですが、ノーベル物理学賞は相対性理論についてではなく、光電効果への光量子仮説を導入したことでした。


彼の信念はもちろん自然科学の真理解明ですが、その信念は1933年に開かれたオックスフォード大学での講演にて述べられています。

(引用開始)

純粋な数学的構造を用いれば、自然界の現象を理解する鍵となる概念や、その概念同志を結ぶ法則を発見できると確信している。

(引用終了)



しかしそんな彼が量子論におけるコペンハーゲン解釈に否定的であったことはあまりにも有名です。
量子力学の創始者のひとりであるマックス・ボルンに、アインシュタインはこんな手紙を送っています。

(引用開始)

量子力学は確かに印象的だ。ただし、私の心の声は、これでもまだ本物ではないと言っている。この理論は大いに役立つが、我々を神の神秘に導いてくれるとはとうてい言いがたい。
私はいづれにしても、神はサイコロを振らないと信じている。

(引用終了)



神はサイコロを振らいないとの主張に対し、神に指図するなとニールス・ボーアが応酬したように、これは大いなる論争を呼びました。

この背景にはユダヤ教であったアインシュタイン自身、神の非存在を認めたくないという一種の認知的不協和のようなものが起きたと考えることが恐らく妥当でしょう。
がしかし、何にせよ彼の主張が間違っていたことが現代物理学ではわかっています。
歴史的にはアインシュタインの敗北です。

科学は高度な批判によって成り立っているように、それ自体はとても重要なステップです。

もちろんアインシュタインを否定するつもりはありません。

信念を変えれば別の未来が待っていたかもしれませんが、彼自身が頑なに信念を持ち続けたことによって、相対性理論や光量子仮説は実際生まれています。
それはそれでひとつの着地点といえそうです。


どちらに転ぶかわからない以上、抽象度をあげて、どちらがより整合的かを観ることしかできません。

アインシュタインから学び、私たちもより外側から観るということをクセを身に付けたいものです。

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