苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:無意識

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


本日は私の6ヵ月間のコーチングを終えた方に、パーソナルコーチングを行いました!

というのも、過去これまで私のセミナー、ないしは6ヵ月間のパーソナルコーチングを終えた方に、ある企画にご協力いただいており、本日はその企画の特典です。

いわば、ある意味でボーナスセッションというところでしょうか?

私個人とのパーソナルコーチングを終えると、そこから長いお付き合いが始まります!
※パーソナルコーチングのご依頼はこちらから!


私のパーソナルコーチングは6回で54万円なので、単純計算で1回9万円です!

今回は苫米地理論の深淵にさらに近づいたことによって獲得した新しい情報場にアクセスし、その場の力を借りて、内部表現の書き換えを全力で行っておきました!

これだけでも数十万円以上の価値があります!

お釣りしか来ない特典です!

いよっ!太っ腹!!


さて、そんなパーソナルコーチングで、一番印象的だったのが「コーチングが終わってからもどんどん変化しています!」との一言でした!

今日のコーチングの第一声がこれです!

私からすれば、「さすが!!」とともに「そりゃそうだ!」の一言です。

というのも理由は簡単で、コーチングはマインドの使い方を身体と身体で伝えるからです!


無意識下でいつの間にか学んだ体感は、消えることなく、自分をゴール側に向かってどんどん進めてくれます!

それによって、気づけば自分のゴールをどんどん叶えてくれます!

コーチングが身体に宿って成功するさまを、ゴール体質という造語を作って表現してもいいかもしれません!


そういう意味で、私のパーソナルコーチングは確かに全部で6回ですが、対面で初めて会うときから、終わったあとも、オカルトではなく実はずっと続いています!


なので、実際これまでの自分ではできなかったことや、「変革前だとこんな風になっているであろうなぁ」ということが、眼に見えてわかるようになるし、できるようになります!

要するに、自分のゴールがいつの間にか達成しているのです!


今日お話したなかでも、そんな変化がいっぱい出てきましたね!


「かつての自分なら出来なかった」が、「今の自分なら普通に出来る」とのインパクトをもっと体感できると、さらに先に進むでしょう!


こういう変化を改めてみると、本当にコーチングの威力は凄まじいなと思います。

私個人もコーチングに出会って人生が変わった人ですが、他人の変化はより強烈に感じます!

なぜなら、誰よりもそのひとの近くで、そのひとの成長を観ていたからです!


本人が感じている以上に、その成長の差分を真横で観ています!


コーチングの本質は、常に身体から身体に移るので、その本質が宿ると、大袈裟ではなくどこまでもいけるようになっていしまいます!

その抜群にうまいマインド操縦法を駆使して、さらに向こうに進まれてください!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


私たちは今よりもっとすごい自分になりたいと思うとき、きちんと現状の外側のゴールを設定し、エフィカシーをあげていかなければなりません。

しかし、実際にゴールを設定して、エフィカシーをあげようとしても上手くいかないことは往々です。

様々な原因が考えられますし、実際ケースバイケースになりますが、ゴールを達成している自分も、エフィカシーがあげた自分も、最後はそのような自分が受け入れられないということで、瓦解します。

一言でいうなれば、そのような状態は自分には不釣り合いだというセルフエスティームの問題です。


自分の社会的位置をどこにもって来るかはとても重要な問題です。

なぜなら、無意識レベルで感じているセルフエスティームのレベルによって、私たちの社会的位置を含む現状が決まっていくからです。

いうまでもなくセルフエスティームが高いほど、高い社会的位置に自分を持ってくることができますが、このときただ自分の自尊心をあげるだけでなく、忘れてはいけないのは他者への配慮です。

セルフエスティーム
@セルフエスティームの全体図


セルフエスティームとは、日本語では自尊心という言葉を使います。

しかし、本来の日本語としての自尊心という言葉の意味は、自分の人格を大切にするという意味であり、それは往々にしてプライドのことを指しています。

いうまでもなく、プライドとはカテキズムにおける7つの大罪のひとつにも指定された概念であり、それが私たちが主張する自尊心ではありません。

自分の社会的位置への高い評価と、そこに他者への配慮がきちんとあいまって、はじめて私たちが重要だと指摘するセルフエスティームが現れます。

虚栄心や見栄から来るセルフエスティームは、自尊心も他者への配慮もない状態です。

きちんとセルフエスティームとプライドは分けて議論をするべきでしょう。


セルフエスティームが本当に高いとき、私たちは自分にも他人にも寛大になることが可能です。

なぜなら、自分の価値をきちんと自分で決めることができるからです。


そこには虚栄心や見栄などいうものはありません。

ポジティブな自分もネガティブな自分もきちんと丸ごと抱きしめることができるから当然です。

自分も他人も丸々全てを受け入れることができたなら、私たちは自分が設定するゴールもエフィカシーも社会的位置も、きちんと受け止められるように思います。


虚栄心や見栄ではなく、ありったけの情熱で自分を抱きしめたときからが、本当のスタートです!


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


ジュリアン・ジェインズの仮説が正しいならば、私たちの意識はわりと最近になって生まれてきたものです。

意識が生まれたことにより、自然界ではあり得ないありとあらゆる複雑怪奇なことが、人間は出来るようになりました。

例えば、動物は火を見ると一目散に逃げていきますが、人間は冷静に対処し、鎮火させようと試みます。

意識の誕生によって、私たちはおそらく世界で唯一自らを省みる力を獲得しました。


もちろんそれ自体が物事を好転させることはありますが、逆に物事を複雑にさせる場合も往々です。

ゴールに向かって進むとき、Aという選択をとることが最も合理的だったとしても、何故かそうでないBの方がよく見えたりします。

それはとても残念です。

しかし、本来はとても合理的な選択をとれたにもかかわらず、それをあえて無視して別の非合理的な選択肢を取ることは、もしからしたそれは自由の裏返しなのかもしれません。

本来流れるであろう流れの中で、堂々とNOといえるのは、紛れもなくそれは自由意思というものです。

合理的とはとても響きの良いものですが、基本簡素で淡白な一本道な、それ以上の膨らみがないものです。 


意識が良いか悪いという哲学的な問いを考えることは自分を省みるという意味でも極めて重要なプロセスです。

そのいきつく回答は何であれ、己を知れば百戦危うからずです。

意識ときちんと向き合きあい、客観的ファクトをきちんと押さえていく必要があるでしょう。


そういったところを丁寧にひとつひとつ鑑みると、人の認知は差分によって認識されることもそうですが、ついつい声の大きな者に従うことになりがちであることに気付きます。

あの人が言うから間違いない、世間の常識はこうである、自分が関知せず、預かり知らぬところで議論が進み、いつしかそれがまるで絶対的な真理であるかのように振る舞います。

そうなると、自分から選択するという行為が消えていきます。 


自分で毎度毎度意識にあげ、評価し、そして意思決定することは、とても労力のいる苦しい作業です。

創造主たる神から、主権を取り戻し、再び自分の手でビックバンを起こすことに等しい行為だから当然です。

そんな風景を知ると、決定された宇宙に生きることはとても簡単だったということに気付きます。

そんな風景を知ると、やっぱり神様がほしいなという淡い誘惑が湧いてきます。


しかしそれを踏まえても、その難しさはきちんと受け入れられるべきものだと思います。

なぜなら、そうして初めて自分らしい人生を歩めるからです。

なぜなら、そうして初めて自分の為したいものが見つかるからです。


誰かの人生ではなく、自分の人生を謳歌しましょう!

自分の意識のパラダイムシフトは、ビックバンを起こすことに似ています。


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※私たちは寂しいからビックバンを起こしました

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。
 

私たちは機能として、現状に留まることを望みます!

機能であるということは、自然に無意識に、そうなることを選択するということです。

例えそれが意識上、別のところを観ていたとしても、気付けば自分の判断は留まることを選択します。


この事実は言葉以上に深淵です。

本人はその気が全くないというところが事態をさらに深刻にします。 


であるならば最初のステップとして、まずは実際にやってみて、ホメオスタシスの強大さに恐れおののくべきでしょう!

身体が柔らかくなるという何気ないものであったとしても、昨日は前屈がすごく深く入ったけど、私はこれまで身体が固く、昨日はたまたまで今日はもしかしたらまた固い状態に戻っているかもしれないと脊髄反射的に頭を過ります。

身体を柔らかくすることがゴールであった場合でも、そんなゴールとは真反対のことを私たちは疑うことなく真剣に考えます。


さて、こういったことと同じ構図は新しく何かをチャレンジするときにも表れます。

ゴールを達成するためにはそれが必要だとわかりつつ、一歩を踏み出せないような風景です。

頭の中で無限ループが形成され、出力のない無意味な演算によって私たちはフリーズします。


その中できちんと抽象度をあげて止観したならば、その無限ループに陥ったきっかけが、『やったことがないだけか?』それとも『それとも実際に出来ないことなのか?』を無意識が混同してしまっているからです。

やったことがないだけならば、実際にやってみたらいいだけです。

実際に出来ないことならば、別の方法を考えることにフォーカスしたらいいだけです。

とても簡単に無限ループから脱出できます。


私たちは、知識を持たなければ何も観ることはできないが、知識を持ったことでその以外が観えなくなる自己矛盾を抱えています。
 
存在そのものに自己矛盾を抱える以上、このような無限ループに往々にして陥ることは仕方のないことです。

しかし、その無限ループに陥ることでさえ、きちんと知識として持っていたなら、認識し、回避することが可能です。


きちんと正しく認識し、不要なフリーズから脱していきましょう!

それだけで、ゴールまでの道のりは明らかに早まります。
 
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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


この世界にはありあとあらゆる情報が無限に存在します。

無限という言葉は、数学でも可能無限と実無限という言葉で二分されているように、非常にあいまいな概念です。

アプリオリにこれだと主張することはなかなかできません。

そういった中で私たちの行動は、もちろんある前提やある情報に基づいているわけですが、それらは当然無限に存在する情報の一部です。

無限にある情報のうち、私たちが得られる情報は高々毎秒約1100万ビットですが、それでも充分大きな量であり、今こうしている間にも取捨選択が逐次なされています。


さて、その取捨選択こそが評価関数の正体であり、私たちが往々にして自我と呼ぶものですが、自分を変えていくためには、この重要性のランク付けについてきちんと知っていく必要があるでしょう!

膨大な量の仕事をこなすには、効率良くもそうですが、可及的速やかに対応すべき事案とそうでないものが存在します。

言うまでもなく前者の優先順位は高く、そちらから普通取り組んでいくものです。

そして自分を変えていこうと考えたとき、私たちはこのプライオリティーをひとつひとつ変えて取り組む順番を変えることが大切です。


このランク付けは基本無意識が脳内で勝手にやっている作業です。

なので自分が意識的でなければ、基本関与することはありません。

ということは、これを極端に言い換えるならば、ランク付けは無意識に一任されているので、意識が無意識をコントロールするどころか、無意識に意識がコントロールされているという言うことが可能です。

株式会社の従業員が一斉に賃上げとストライキを行って、工場が全てストップするような風景です。

役員のメンバーの強硬な態度にも、従業員は全くひるむことはありません。

なぜなら彼らは無意識だからです。


従業員のストライキを解除するために、こちら側とあちら側がいくらか譲歩し合いつつ、打開策を探すことが重要ですが、如何せん従業員は無意識なので、交渉の余地は残念ながらないでしょう。

議論はいつも平行線です。


もちろん従業員の一方的な主張をなくなく丸呑みすれば、問題は滞りなく解決します。

これは個人の判断と個人のゴールに委ねられますし、それをそもそもの解決策と呼ぶかどうかは別として。

しかし普通の感覚を持ち合わせているならば、誰しも不服と感じるようにこれは簡単に認められるものではありません。

そして妙案があれば別ですが、基本すぐに思いつき誰でもできる方法は、そこで自分が立ち上がり、率先して前に出ることです。

従業員がこれまで圧倒的にこなしてきた量を自分ひとりですることです。

納期が遅れたり、品質が悪くなることはあるあるですが、そこは潔くあきらめて自分1人でやるしかないでしょう。

しかし、そうすることで従業員の工数の掛け方や品質について意見することが可能です。

もちろん彼らは彼らなりのプライオリティーを持っているわけですが、その基準を知ることで初めて打ち出せるアプローチが存在します。

恐らくたくさん存在するので、紙に書いてみることもおすすめです。


そして紙に書いてみた自分のランク付けを眺めてみて、それらのランク付けの上下を入れ替えたり、そこにランクインしていない項目をいきなりランクインさせてみます。

こうすることで初めて、これまで従業員がさぼってきたところにメスをいれ、自分の創意工夫で、より最適なランク表が出来てきます。


もちろん自分のなかでランク順位をどう変更すればいいのかわからないという場合もあるので、そのときは信頼できる人に聞いてみましょう。

そうして、新しいより強力な自分のランク表ができてきます!


いうまでもなく、このプロセスこそが自分を変えていくということです。

自分がどういう基準で仕事にとりかかかり、そしてこなすのか?

ここを知ることで、はじめて有効なアプローチをとれることになるでしょう。

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※それは繊細に狙撃をするようなイメージで!

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