我々の人生は、選択の連続である。


ここでいう選択とは、朝食はパンにするかご飯にするかという些細なものから結婚や就職など、人生をなかで大きなウェイトをもつものまで全てを指す。



選択とは、本来どういうものかをきちんと定義したい。


広辞苑によると、多くのものの中から、よいもの、目的にかなうものなどを選ぶこととある。


当たり前のことだが、選択とは現状よりももっとよくなるために行う行動である。


 

朝食はパンにするかご飯にするかという些細な選択でさえ、自分の『食べたい』という気分であるだとか、何らかの栄養学的な根拠であるだとかして、

その方が自分にとって好ましい考えたからである。



しかし、本来のそんな自分をより良くするための選択だが、逆に自分を下げる選択していないだろうか?

 


例えば、付き合いで仕方なく行きたくない飲み会に参加することや、やりたくない仕事を延々と続けることなどである。

 


これらの選択は間違いなく、人生の損失となる。

 



ではどうするべきか?


方法は簡単で、選択を常に最高の自分ならどうするかで決定することである。


最高の自分とは『現状の外側にあるゴールを達成している自分』を指す。



目標に向かってハイエフィカシーで進んでいる自分は、間違いなく嫌なものにはきちんと嫌だといえ、つまらない儲け話に引っかかることもないだろう。


なぜならそれは、最高の自分にとって必要のないものだからである。


 

そもそも現状の外側にきちんとゴールを設定し、そのゴールを達成している自分をリアルに描くことができれば、間違いなく脳は自分にとって 必然とゴールまで最短の距離 でいく選択しか選ばないようになるが。

 




現在の情報があふれかえった超情報化社会では、様々な選択肢が存在する。


無限にある情報の中から、意識的に自分の必要なものだけ選択することは至難の業だ。


何が必要で何が不必要かを判断する、自分だけの判断基準が必要であり、くどいがそれは、最高の状態の自分である。



常に最高の自分ならどうするかで選択し、ゴールまで最短で突き抜けてほしい。