苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:感情

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


私たちには、すべからくなりたい姿が存在し、挑戦したいゴールが存在します。

そこに向かって進もうと考えたとき、より明確にゴール像を想像すると、途端にそこから負のイメージがどこからともなくやっています。

ひとによっては不安や恐怖ということはもちろんですが、あるひとにとっては『それを達成して結局どうするの?』という根本を挫くような問いが頭の中に浮かびます。

もちろん抽象度があがれば、確かにそれらは解決です。

ただ抽象度をあげる行為というのは、とてもエネルギーの必要な行為です。

つまり、抽象度をあげてということが、「はい!わかりました!あげます!!」という類のものではなく、日々抽象思考をするなかである日突然やってくるものです。

あるいはすでに抽象度の高い人物に、現状を打開する抽象度を共有してもらうことです。


ただ、当然自分のなかでそれらの負のイメージに対する対処法は知っていて損はないと思います。

そして良くある間違えが、ネガティブな感情は表に出さないという、あるいはモチベーションだけを掻き立てて自分をだましだましやっていくという、全く役に立たない手垢まみれの過去の自己啓発的アプローチをとることです。


さて、負のイメージに囚われ、にっちもさっちもいかない場合、どういうことをするべきかというと、とても回答はシンプルです。

それは横着になれということです。

これは負のイメージは自分で創っているという事実に起因します。


何がいいたいかといえば、感情はエネルギーだということです。

実際魚もストレスを感じると発熱することがわかっています!

そしてそのエネルギーは電気のように貯蓄することはできません。

一度発生したら、必ず使い切る必要があるものです。

そしていうまでもなく、そのエネルギーの使い道として、脳は負のイメージを産み出します。


もちろん貯蓄はできないという前提で、仮に貯蓄する=我慢ということを行うと、今度は別のところでそのエネルギーが使われます。

不感無覚という眼に観えるよう状態であれば、周りが察知することができますが、それがメンタルブロックとしてブリーフシステムに取り込まれたとき、自分も他人もなかなかそれに気付くことができず、後々色々のところで悪さをします。


学校教育など、論理的、理性的であることが大切ということを習いますが、理性だけで何も判断はできません。

あるいは論理だけを突き詰めると上手くいかない例は多々あります。

例えば、国家の戦争は極めて論理的な世界です。

外交の教科書では、戦争は国家の外交権のひとつという風に書かれています。

個人通しの殴り合いは犯罪でも、国家の殴り合いは問題ないというとても奇妙な論理です。

しかし論理だけの世界だと、こんなことが普通に成り立ちます。

そしてこれにおかしいと思うのは、どちらかといえば感情の世界です。



私たちは感情というもの理解があまり正確ではありません。

正確でないから扱い方に困ります。


負のイメージに囚われたとき、最も効果的な方法は横着になるということです。

感情は生理現象である以上、止めることはできません。


常に感情は使い道を求めています。

私たちは常に現状の外側へと進むことを目指しているので、そこに思う存分使っていきましょう!


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


私たちの世界とは、自分の心が産み出した世界です。

自分が産み出した世界ということは、ひらたく言えば誰一人として同じ世界を観ていないということです。

これは特別突飛由もないこといっているわけではなく、自分の認知の仕組みをきちとたどれば、誰でも行き着く事実です。


観ている世界が自分勝手に作られた世界なら、当然自分の好きなように観ていいとも解釈することも可能です。

それが私たちのゴール設定のもうひとつの姿であり、それが情報空間の移動です。


自分だけの、自分が好きなように作った世界なら、その移動や作り変えも、とても簡単に出来そうな気がします。

しかし実際はそうできないように、ホメオスタシスという機能を持ちいて、同じ状態を担保します。

なぜなら、ホメオスタシスがなければ、それ自体がすぐに崩れる砂の城のように、自分の世界が何処かへ霧散するからです。


もちろん長く砂の城を保たせるという意味では正解ですが、もう一度同じ場所に別のデザインの城を作ろうとした場合、崩すことは極めて困難です。

その困難さを、私たちはメンタルブロックという言葉で表現します。

ではそのメンタルブロックがなければとても簡単にうまく機能するかといえば、それはもちろん早計です。

なぜならメンタルブロックは意味があってきちんとブロックしているからです。

それはたいてい自分を護る盾のように出来ています。


もちろん自分を護るための盾だとしても、相手と自分が明確に遮断される以上、自分だけが相手に干渉できるはずがありません。

その場合は、躊躇せず、相手から自分が干渉されるリスクを冒して、盾から自分の身を乗り出すことが必要です。

となる場合、それが現状の外側なのか、それともただのメンタルブロックなのかは、とても微妙なラインです。


では現状の外側なのか、それともただのメンタルブロックなのかを明確に切り分けるにはどのようにすればよいでしょう?

その答えはとても簡単です。

ゴールに合致するかどうかです。

ゴールに合致するならば、それは現状の外側であり、克服すべきメンタルブロックです。

そうでないのなら、現状の外側ではなく、克服の必要がないメンタルブロックです。


このとき論理は役に立ちません。

私たちが良く知るように、理性で高度な推論を決定させることはできないのです。

そこには『行きたいか』だけであり、『行きたいか』だけが争点です。


もし行きたいが根底にあるのなら、そのときは怖れをなさず、自分から思いっきり飛び込むことです。

それ以上の理由は不要です。

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※飛び出したかったなら飛び出すだけ


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


11月のはじめての書き換えは『嫌な気持ち』の対処法を取り上げます!

私たちの行動の源泉とは、感情です。

その感情の中でもっとも大きなウェイトを占めるのが、いわゆるネガティブな感情です。

ネガティブな感情が強烈に私たちに作用するのは、必然です。

なぜなら私たちの生命維持において、命の危険があるものから如何に離れるかが必要だからです。

如何に危機を早期に察知するかは、とても重要な課題です。


ということを踏まえると、嬉しいや楽しいという感情はなくても生きていくことは可能ですが(張り合いがあるとはいえませんが)、不安や恐怖といったトリガーがなければ、私たちは容易に滅んでしまいます。

なので基本それらの情動は、自分の生命とバイタルに関わる場合にのみ生まれます。


そんな当たり前の事実でも、きちんと運用しないととても自分のゴール達成において、大きな障害として現れます。

例えば、前に出て話すことで恥をかいたとき、本来は前に出て話すことが嫌になるだけなら理解することができますが、何故かそれ以外の場面でひとと話すとき、ひとに自分のことがきちんと伝わらないじゃないかと錯覚します。


脳の抽象化能力によるものです。

抽象化能力自体は、とても便利な機能であり、それによって私たちは生き残ってきたわけですが、それがほしくないところで機能します。

なので、そういったもとの嫌な記憶や感情に作用させることができたなら、私たちの脳と心の運用は、とても楽になるでしょう!


さて、そこで今回取り上げる書き換え技術が、ランダウワーです。

これはマクスウェルの悪魔を解決するにあたって、決定的な要因となったランダウワーの原理から名を取っています。


ランダウワーの原理とは、情報が消去されるときに熱が発生するという原理のことで、情報と物理が明確につながっていること示した、とても重要な原理です。

嫌な気持ちを熱エネルギーに変換させて、それを外に発散しましょう! 


以下詳細
††はじめての書き換え~ランダウワーで嫌の気持ちを消す技術~††
【日程】2015年11月21日(土)

【時間】13:30~15:30

【場所】東京都内某貸会議室
 (参加者様に個別でお知らせします)

【募集人数】各最大8名様
(定員に達し次第、終了とさせていただきます)

【料金】20,000円(税込)

【申込み期限】2015年11月15日(日)23:59:59 まで

【参加資格】熱意があればどなたでも!

【お申込み】こちらのお申し込みフォームから

【質問等】こちらのお問い合わせフォームから


嫌な気持ちへの対処は、ポジティブな気持ちで塗りつぶすことではありません。

嫌な気持ちも所詮はただの情報です!

情報は情報らしく、情報らしい処理をしていきましょう!

それでは皆様のご参加お待ちしています!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


私たちにはすべからく自分に対して希望を持っています。

自分はこんなものじゃない。

自分はまだまだやれるのに!

現状の自分と理想の自分とのギャップが強い認知的不協和を産み出します。

そういったモチベーションは世間からの逆風を受けがちですが、最初のスタートは誰しもみな同じです。

特別恥ずかしがることでも、悲嘆することでもありません。


そこから生まれた感情というガソリンが満タンのときは、どんどんパワフルに障害をかき分けていくことが可能です。

しかし、感情とは消費可能なエネルギーである以上、補給されなければ、どこかで必ずガス欠を起こします。

一度ガス欠を起こせば、最初の頃の威勢の良さはどこへやら、途端に今の自分の行動に疑いを持ち始めます。


自分の行動を顧みることは極めて重要ですが、顧みることとなった発端が何のかはきちんと明確に意識すべきトピックです。

仮に顧みることとなった発端が、ホメオスタシスにあるならば、全ての原因は紛れもなく自分の責任です。


さて、この純然たる事実の前で、私たちはどのように振る舞うべきでしょう?

いうまでもなく、認めることから議論をスタートさせるべきですが、往々にして事実の否定から私たちは議論を始めます。

なぜならそれを認めることは、今までの自分の経験や蓄積を、一気に水の泡とさせることに等しく感じられるからです。

これは誰しもが持つ人としての機能です。

ひとは何より損失を嫌います。

余談ですが、ギャンブルで負けを認めらずもう一勝負したくなるのも、この損失を嫌う性質ゆえです。


しかしひとが損失を嫌い、先延ばしにするだけでは、何の解決にならないことも存在します。

言い換えれば、もっと手痛い損失を被る可能性があるということです。

受け入れなければいけない損失もあるでしょう。

このときささやかな希望も、ささやかな絶望も不要です。

なぜなら、ささやかな希望は自分を無意味に慰めるだからです。

なぜなら、ささやかな絶望は自分を無意味にあきらめさせるからです。


事実をきちんと受け止める。

これは字面以上に、持つ意味は深淵です。

そしてこれが一番正直辛いプロセスです。

しかし、そこを受け止めると、今までの余計な重りが外れ、本当の自分に向き合えます!

本当にやりたいことが見つかります!

自分がフタしたパンドラの箱にこそ、無限のパワーが眠っているものです。

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


ひとにはそれぞれ第六感ともいうべき感性が、往々にして働きます。

もちろん第六感というと少しオカルト的な響きがありますが、無意識の演算や熟練者の勘、ゴーストの囁きといった様々言葉で表現される事象の全ては、抽象度をあげれば同じ事象は指しています。

そして意識的であれ、無意識的であれ、ひとは常に外界からの情報を逐次更新し、計算を続けていっています。

そういったなかから生まれる演算結果のひとつに、嫌の予感というものが存在します。

嫌な予感というは、もちろん心の底から外れてほしいと誰しも願うものですが、現実は非情というか、その嫌の予感は外れるよりもあたることの方が多いでしょう。

ひとはかつて動物であり(定義によってはもちろん現在も動物ですが)、自分の命を守るためには、いい予感よりも悪い予感をあてることが必要で、悪い予感をあてることにリソースを集中して進化してきたのだろうと思うと、これはこれで非常にしっくりと納得します。


しかし残念なことに、認知科学ベースで思考をしたのなら、むしろ自分で嫌の予感をあてにいっていると言った方が適切です。

なぜなら私たちの行動原理は、感情⇒思考⇒行動だからです。

私たちが理路整然と並べたてる理性的で論理的で合理的なアイディアのどれもが、まず最初に私たちが非理性的と蔑む感情が先にブートすることで始まります。

そしてその感情が宿るとき、たいていは強い臨場感が同時に形成されていくものです。

そうなると一気にホメオスタシスが悪い予感を的中させる方向に移動します。

RASも悪い予感に向けて開き、悪い予感を観るためにそれ以外の要素もスコトーマが隠します。


つまるところ、悪い予感とは一度感情がブートした瞬間に半分当たっているようなものという理解が正解です。

当たっているも何も、自分で当てにいっているのだから、当たってしかるべきと言えるでしょう。

このように考えると、『じゃあポジティブに気にしない方がいいですね!』との返答がありそうです。

ポジティブ思考がいいと言うと、とても安っぽく聞こえ、個人的には嫌ですが、ネガティブをネガティブと感じない、嫌な予感を嫌な予感と思わない、その鈍感さはとても大きな武器になることは間違いありません。


さてこのように考えたとき、別の側面から、危機管理と悪い予感のアルゴリズムと一見ぶつかりそうに感じます。

なぜなら危機管理とは、常に悪い方に思考を巡らせていくからです。

危機の回避もそうですが、危機に直面したときどの程度までなら耐えられるかどうかについても危機管理においては議論します。

それはある種臨場感をあげていることと同等です。


しかし、きちんと抽象度をあげて考えることができたなら、ぶつかる要素はどこにもないことに気付きます。

ここの大きな違いはまさにゴールの違いです。

危機管理は危機への回避や対策ですが、悪い予感は例え無意識によるものであっても的中させることにあります。


感情自体は生理現象であり、止めることは不可能です。

であるならば、いかにその指向性をきちんとコントロールするかが問われます。

一見ポジティブな情動を利用することばかりがコーチングでは叫ばれますが、私個人ポジティブだろうがネガティブだろうが、ゴールを達成させる肥やしになるのなら、なんでもかまわないと思っています。

ナポレオンが自分の背の低さにコンプレックスがあったことは有名です。

毛沢東が金持ちへの強い嫉妬心が根底にあったことは有名です。


何故悪い予感が当たるのかという命題における結論が、自分であてにいっているのなら避ける方法は簡単です。

それは自分で外せばいいだけです。

外せばいいことに気付いたなら、あとはどのような避け方が一番自分に相応しいかだけの判断になるでしょう。

もちろんエレガントな避け方もそうですが、一度被弾した後の逆転劇も、それはそれで楽しくあるものです。

そこは自分の抽象度とそのときの感情が決めていくものです!


悪い予感があたるなら、きちんと外していきましょう!

認知科学的に悪い予感を外すことは存外可能な出来事です。

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※避けるときはエレガントにこんな感じで!

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