ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


ひとは誰しもこの世に生を受けたときは赤子であり、そして誰しも平等に歳をとっていくものです。

誰しも歳を平等にとっていきますが、そこには成長という概念が必然的に入ってきます。

なぜなら、歳を取るということは、経験が積み重なってくるからです。


経験とは、基本的に知識であり、有益な情報です。

それを持っているかいないかで、そのひとの言動にも風格にも、スパイスのようなピリリとした違いが現れます。

つまり、言い換えれば、時間とともにひとは勝手に成長していくということです。


さて、実を言うと、この事実はパーソナルコーチングでもつくづく感じることです。

コーチングをしていると、ひとは勝手に変わります。

ひとは勝手に成長を始めます。


コーチの腕の見せ所はもちろんたくさんありますが、それをおいても次回コーチングまでの1カ月というひとつのスパンのなかで、驚くほどの変化を遂げます。

こういった事実を間近でみると、ひとはそもそもの機能として勝手に成長する力が備わっているのだなと思います。


では、ここで逆説ですが、なぜ私たちはこんなにも自分が成長していないとか、悶々とした閉塞感を感じるのでしょうか?

デフォルトで成長し続けるなら、突破されて必然です。


しかし、実際はなかなか解決されることがありません。

そういった二律背反の事実を踏まえると、残酷な仮説が浮かびます。


その残確な仮説とは、ひとが勝手に成長するために使うエネルギーをわざわざ自分を成長させないように使っているという仮説です。


例えば、子供のころの自分というのは、何もやるにしても好奇心でいっぱいです!

これはDNAに書き込まれた根源的な欲求です。


やりたいということがあれば、善悪の判断もなく躊躇せずに飛びつきます。

もちろん犯罪や殺人がダメといった、倫理的・道徳的基準を満たすことは必要ですが、だとしても好奇心までは消えません。


この好奇心は消えたというわけではなく、自分でわざわざ抑えているという解釈です。

なので、自分で抑えることがなくなれば、また好奇心を持って躊躇せずに新しいものに飛びついたり、成長していきます!



もちろん、ゴールをある程度達成され続けると、ひとは今度は違う悩みを持ち始めます。

それは『次、何かしようか?』という悩みです。


ただ、この悩みを持つことは本来とてもいいことです。

なぜなら、自分が前に行きはじめること、つまりは成長するという方向にきちんと自分のエネルギーが使われているからです。

前へ進んでいなかれば、「次、どうしようか」などと考えません。



自分のストッパーを外しましょう。

ひとはデフォルトで成長します。


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