苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:ホメオスタシス

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


私はコーチングが人の進化を促す可能性があると考えています。

ここだけ言われても「はぁ・・・」という感じでしょうが、その声はさておき続きを。


コーチングとは、世間の現状の中に留めるインチキコーチングは別ですが、自由になるためのツールです。
今後誰しもが当たり前のように自分にも人もコーチングが出来る時代が必要があると考えています。

それは時代の流れ、ただの移り変わりですが、もっと根幹にあるのは、もっと先へいきたいもっとこうしたいという渇望のようなものが心の奥底には存在します。
もしかしたら好奇心という言葉の方が適切かもしれません。

気付いていないだけで、これは誰にでもあります。でなければ私たちがここまで進化することはありませんでした。


進化といえばダーウィンの進化論ですが、このダーウィンの進化論にはご存知のように致命的な欠陥があります。
ダーウィンの進化論とは一言で説明すれば、それは環境への最適化です。よく苫米地英人博士が出す例はフィンチの嘴です。
ガラパゴス諸島に生息するフィンチという鳥は、穴を掘るもの、魚を取るもの、木の実を割って食べるものなどが存在し、同じ鳥であるにも関わらず、全く違う形態を持っています。
つまりダーウィンの主張は、環境に合わせて自分を変化させたという事実が進化であると定義しました。

しかしダーウィンの進化論で考えたとき、生物はもともと海にいましたが、なぜ海から陸に上がったのかを説明できません。環境への最適化が進化であるのなら、海に存在することが最適化であるからです。


これを補完する内容として考えられているのが、好奇心です。

陸に上がってみたい。

丘の上に何があるのか?

そんな渇望が、魚の尾ひれを足や手にかえ、陸へあがることを可能にしました。もちろん超情報場仮説の立場をとれば、それは情報が物理を書き換えたという説明になりますが、どちらにせよ同じです。
ということは魚のころの情報を私たちはDNAの中にきちんともっています。ちなみに余談ですが、魚から進化したということに臨場感を持てない人は、自分の背骨を思い浮かべるとよいでしょう。
アメーバにはありませんが、幾代かの進化で魚は背骨を手に入れ、そして私たちもその背骨を継承しています。


さて、前置きが長くなってしまいましたが、これからの時代はますます自分の意思というものが大事になります。もちろん何もしなくても、日本に住む以上飢餓はありませんし、生きていくことはできます。スコトーマに隠れているだけで、そんな豊かな環境に住んでいます。

その中でもっと先にいきたいという魚のころの臨場感が自分の奥底に目覚めたなら、姿形は同じ人間であれど、まったく別の生物といっていいと思っています。
極端な言い方ですが、苫米地博士も確かに宇宙人です。進化しまくりです!

なぜかはわかりませんが、私もそのような気持ちがあります。


冒頭にもどりますが、コーチングはまさしくそれを解き放つ手段であると、確信しています。
苫米地式コーチングにはそれができます。

自分を今までは想像もできなかった高い次元にもっていくコーチング、私はそんなものすごい可能性をどんどん引き出していきたい、そう思っています。

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


本当に変革した瞬間とは自分ではわかりません。
そして戻ったことにも自分で気付かず、私たちはコンフォートゾーンというひとつの箱庭のなかを堂々巡りします。脳はおしなべて自分を騙すことがとても得意な器官であり、創造的に私たちを現状に縛り付けようとします。

そんな中、あるとき抽象度が急激に上がる瞬間が誰にでも例外なくあるものです。そのときの感覚を述べるならば、強烈な違和感という言葉がピッタリでしょう。ガンダムに例えるならば、それはニュータイプへの覚醒です。
この時ぐらいは流石に自分でもその変化に気付けます。

その強烈な違和感に負けて、現状の中に戻ってしまうのはナンセンスですが、仮にその状態を維持した場合、次に起こるのは周りから否定です。

あいつは何をいってるんだ?

何か急におかしくなってない?


そんな声が聞こえてくるようです。

そして、仮にその抽象度を上げた状態を上手く隠して周りと一緒に過ごしていても、あなた自身がそこにストレスと違和感を感じます。純粋に話も合わなくなります。
観ている情報も違うし、住んでいる世界も違うのです。

こういう言い方をすると上からだというように感じる人もいるかもしれませんが、それは歴史を知らない人です。著名な物理学者アイザック・ニュートンもそのひとりでした。

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アイザック・ニュートン(1643年1月4日 - 1727年3月31日)


ニュートンの大きな功績のひとつは、これまで独立して考えられていた天界と地上界をリンゴという二次元閉多様体で結んだことにあります。

天上の物体のケプラーの理論と、地上の物体のガリレオの理論を、運動方程式で見事に統合したにも関わらず、彼は自分の研究結果を公表することにあまり積極的ではありませんでした。ハーレーという人の助言がなければ大著プリンキピアが日の目を見ることはなかったでしょう。彼自身は後世のひとがそれを発見し、理解することを望んでいたのです。

これは天才ならではでの直感(正確には無意識の高度な演算結果ですがw)が、この内容はおそらくほとんどの人が理解できないことを知っていたのでしょう。だから公開をためらったのです。


ニュートンに限らず、自身のアウトプットの公開を踏みとどまったひとや、恐れず公開して世間から恐ろしいほどのバッシングや精神攻撃を受けた人はたくさんいます。
ゲオルグ・カントールは悲惨も悲惨や、無限の概念の比較が可能であることを、実無限の立場からカントールの対角線論法を用いて鮮やかに証明しますが、誰からも理解されず当時はひどい仕打ちを受け、そのまま精神を病み他界します。
しかしその成果があったからこそ、かの天才クルト・ゲーデルが素因数分解の一意性とカントールの対角線論法を通じて、アプリオリを否定できたのです。
もちろん現在カントールの名誉は回復しています。


抽象度というものが仮にひとつの関数で示せたとしても、そこに時間というパラメーターが含まれているのかどうかは定かではありませんが、今は理解されてなくても後々理解されるというということは起こり得ます。

他人から理解されない程度のことを不安に感じるならば、その程度のゴールはいっそ燃やしてしまった方が現実的でしょう。同じ抽象度のひとと集まって、上司の悪口を飲み屋で言ってるぐらいがちょうどよいのです。

強烈なWant-toのゴールはむしろ他人の評価程どうでもいい物差しはないと教えてくれます。あなたの無意識が、自分のゴールと現状とのつながりが最適ではないと結論付けているのです。
私はいつもブログの中で、そういったヒントをきちんと提示しています。
そして次は、自分の選択です。
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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


コーチという仕事を始めてからというもの、『人の本気』というものについてよく考えます。


私が変わりたいですか?と聞くと、大半の人は変わりたいという言葉を返します。

しかし時間をおいてみると、その時の気迫はどこへやら、本当に変われますかね?と逆に聞かれる始末です。


そもそもこのあたりの質問もナンセンスですが、実はまだかわいいもので、何かと理由を付けてセッションをすっぽかす人も時たまいます。


このあたりは正直びっくりです。

変わりたいんじゃなかったんですか?と内心聞きたくなります。

また、知識の上ではホメオスタシスのフィードバックがあってと知ることは大切ですが、それを創造的回避の理由にされては困ります。

知識は持ってるだけでは三流以下です。きちんと使いこなしてください。

またそれをどうやって工夫して解決するかを、自分の頭でよく考えてください。


さて、こういった事情を踏まえたとき、もちろん自分の力不足もあるという点は否定できませんが、同じ本気という言葉が持つ本気の確信度はそもそも全く違うのだろうなと思います。

要するに本気の基準値が全く違うです。

本気というぼんやりとした概念だけ知っていて、本当の本気というものとは全く無縁の世界にいるのでわからないのでしょう。

もちろんその人たちからすれば、本気を知らないなりに本気と思っているわけですが、それでは何も変わらないし、何も成長しないことに早々に気付いてしまう必要があると思っています。


自分の観たいものがだけを観るのは、脳の仕組みです。

自分には観えていない世界が無数に存在することを、役に立たない頭だけの理解ではなくて、実感として身体で体感するべきです。


このあたりの話は、「私は感性でいきている」とか「俺は何でも知っている」という人にも当てはまります。


こういった人もルー・タイスの生き方のように、常に自分をシビアに疑うことが不可欠です。


その上での高いエフィカシーを持つなり、大いなる勘違いをするなりして、本気だといってもらう分には全く構いませんが、自立すら危うい子供のままでは袋小路で何も変わりません。

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ホメオスタシス(Homeostasis)

ホメオスタシスは日本語で、恒常性維持機能といい、内部環境を一定に保つようにする働きのことである。

例えば、運動すると汗をかく。

人間の体温は約36℃で一定であり、この温度を超えようとするので、汗を流して温度を下げる。そして体温を一定に保つ。

睡眠や女性の生理周期なども、このホメオスタシスによるもの。


本来、ホメオスタシスは物理空間と身体とでフィードバック関係を持つが、人間は脳が発達しすぎたため、情報空間と身体とでもこのフィードバック関係が成り立つようになった。

小説を読んで涙を流したり、アクション映画を見て手に汗を握ったりするのはこのため。 


(Last Update 10.21 2014) 

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