苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:スティーブ・ジョブズ

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。

 
先日のお昼も、
起業スクールの受講生と
個人セッションを行いました。
 
 
セッションの中身は終始、
ビジネスの骨子ともいえる
メインストリームとその外枠の形成です。
 
 
 
おかげで難なく
次のステージに到達しました!
 
 
 
 
実をいうと
ゴールでもビジネスでも、
素早く目標を達成するために
意識すべきことは、
 
ver0.2を創ることです。
 
 
 
完成は目指しません。
 
 
 
ver0.2を創ったあとに、
どんどんブラッシュアップをします。
 
 
 
 
この考え方の良いところは、
パラメータ(変数)を分離できることです。
 
 
だから問題が複雑になり過ぎず、
かつ適切なアプローチが取れます。
 
 
 
 
経験の浅いひとは
完成を先に目指し、
さらに重要なパラメータを間違えます。
 
 
 
 
表層の割どうでもいい問題を
重要だと勘違いして
いたずらに時間だけを消費します。
 
 
 
 
この見極めは、
正直「慣れ」です。
 
 
なので、
わかっているひとに
早々に聞くことです。
 
 
聞けば一瞬で解決します。
 
 
 
この感覚は投資にとても近いです。
 
 
「かけるコスト」と
「還って来るリターン」の
勘定をきちんとしないといけません。
 
 
 
これからビジネスが大きくなったとき、
最終的にこの感覚がものを言います。
 
 
例えば、
工場を建てるのに1億円必要で、
見込まれる利益が3億円なら
間違いなくGOです!
 
 
躊躇すれば
ただ商機を逃します。
 
 
 
話が少しそれましたが、
重要度の高いパラメータを
見抜いてフォーカスすれば、
それだけでとても早く前に進みます!
 
 
 
 
作業が止まる瞬間は脳科学的にいうと
無意識の演算が終わらなかったとき、
 
つまり、
 
「何をしていいのかわからない」
 
ときです。
 
 
 
 
 
さて、脳科学ついで
人間が合理的な判断ができない
脳の仕組みをひとつ紹介します。
 
 
それは専門的には
「論理誤差」と呼ばれるものです。
 
 
 
例えばひとは、
 
字が綺麗なひとを観ると、
そのひとは整理整頓も出来る人だと思います。
 
スーツをカッコ良く着こなしたひとを観ると、
そのひとは仕事が出来る人だと思います。
 
大学を中退したひとを観ると、
あきらめが早い人だと思います。
 
 
 
当然ですが、
上記に関して明確な因果関係は
証明されていません。
 
 
なので、反例はいくつでもあります。
 
 
中退がもしあきらめの早いひとならば、
ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズも
同じくあきらめの悪いひとということになります。
 
 
 
 
論理誤差は言い換えれば、
 
「優先順位の誤り」
 
であり、
 
「正しい問題設定の誤り」
 
を導くひとの機能です。
 
 
 
 
無駄なことをしていないか?
 
もっとスマートに解決できないか?
 
果たして自分の考えは論理的に正しいのか?
 
 
今のやり方で問題が解決しない場合、
認識している問題点を疑ってみましょう!
 
 
 
 
物理学者のアルベルト・アインシュタインの
名言にもこうあります。
 
 
私は1時間あったら、
正しい問題を探すのに最初の55分をかける。
 
 
 
あなたが本当に向き合うべき問題は
一体どこにありますか?


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。

6回のパーソナルコーチングを終えた方(厳密にはまだ期間中!)から、非常に示唆に富むメールをいただきましたので、匿名での掲載を許可していただいた上でシェアします!

自分でいうのもあれですが、今日のブログ記事は少し毒が効きすぎです!www


(引用開始)

文野様

こんにちは。〇〇です。
今日、沖縄での試験結果頂き、お蔭様でm(__)m合格しました(^_^)v

今思うと、かなりご迷惑おかけしながらですが、エキサイティングな数ヶ月でした。

沖縄まで行ったり、若干クレイジーなモードになりながら、 生徒集めから、モニターレッスン、何年ぶりかの指導案作りやら、レポートまとめたり、ペーパーテストや、実技テストやら。

飛行機も何年ぶり?飛行機どうやってチケットとった?どう乗った?(オイオイ) 泊まりでそんなに親しいってほどじゃない人達と密に過ごすのも、私には、かなりハードルが高いことですし。

きっと、コーチング受けていなかったら、この展開はやはりあり得なかったように思います。

何だかんだ言いながらも、チラシ…作れるでしょ。生徒…集まるでしょ。レッスン…楽しくできるでしょ。沖縄…行けるでしょ。試験…受かるでしょ。結構、エフィカシー高く持っていたのかもしれません。

(中略)

どう今後活かせるか。
ゴールですよね。

(中略)

よろしくお願いいたします。
今度は、発表会に向けて、進みます

(引用終了) 



まずは、試験合格おめでとうございます!

もともとちゃんと合格できる力を持っていたので、それがきちんと本番で出させれば問題ないと思っていました!笑

それとちゃんとエフィカシーはあがっているので、心配せずにドンドンいきましょう!!


さて、改めて読み返しても、非常に自身の巡り巡る情動の動き、そして躍動感の伝わる内容だと思います。


このフィードバックメールを通じて、最も伝えたいメッセージは以下です。

>何だかんだ言いながらも、チラシ…作れるでしょ。生徒…集まるでしょ。レッスン…楽しくできるでしょ。沖縄…行けるでしょ。試験…受かるでしょ。
>結構、エフィカシー高く持っていたのかもしれません。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


エフィカシーとは何かをという難解な回答を、とても秀逸に表現してくれた言葉だなとつくづく思います。

なぜなら、エフィカシーとは高揚感でも、モチベーションでもないからです。

エフィカシーとは、ゴール達成の自己評価です。


ゴールを達成できるときちんと自己評価することができれば、高揚感のあるなしに関わらず、『淡々と』必要な行動を起こせますし、移せます。

そういう意味で、もしかしたらコンフォートゾーンという言い方をした方が理解としては適切なのかもしれません。


例えば、資産運用の世界で2億円を運用するひとは、自分の行為に特別な高揚感はありません。

淡々と資産を運用して、自分の資産を大きくしているだけです。


しかし、資産2億円を運用するという行為がコンフォートゾーンに存在しないならば、2億円を運用しているひとに対して、なんてエフィカシーの高い人なんだと感じます。

なぜなら、2億円を運用するなんてことは、自分の現状にとって考えられないことだからです!


もし高揚感等の感情の有無によって、エフィカシーがあがったさがったの基準にするのであれば、ドーピングでもドラックでも何でもやればエフィカシーがあがるということになります。

確かにドーピングやドラッグを仮にやって、高揚感を得た場合、何でもできるという一種の全能感のような感覚は得られます!

そして、何の抵抗もなく今までチャレンジできなかったことにチャレンジできるということはあり得ます!

しかし、それらは一生持続しない、借り物のなんちゃってエフィカシーです。


もっといえば、一過性の感覚で、エフィカシーが測れることはありません。

本物のエフィカシーは、ずっと自分はゴールを達成できるという確信だけが存在します!


エフィカシーの上げ方は、もちろんオーソドックスな回答は『自分であげる』というものですが、これは私たちが持つ現状の世界観の中で解釈すると、たいていは上記のような感情至上主義に陥ります。


ひらたくいうと、エフィカシーをあげていもいないのにエフィカシーがあがったと自分を鼓舞するということです。


そしてエフィカシーが1ミリもあがっていないので、どこかで失敗すると(現状の外側に飛び出したことは大いに素晴らしいことです!!)、「コーチングはやっても効果がないでは?」と頓珍漢な意見を主張し始めます。


そもそもエフィカシーが本当に高ければ、そこで「自分らしくなかった」と考え、別の違うもっと上手くいく方法を考えますが、そこに全く考えが及びません。


最近はそういう意見を小耳にはさむ中で、自分がかかわったクライアントには、そういった世界へ一緒にシフトしていくことも、コーチとしての機能なのかなと思います!

ただ基本コーチは、クライアントの価値観に関与しないものなので、正直難しいところです。


それを踏まえても、コーチングを通じると、正直本人の自覚の有無に関わらずエフィカシーは勝手にあがります!


何にせよ、自分の判断基準では測れないほど遠くに来てしまうから、「激変した」といえるわけです。

それは故スティーブ・ジョブズではありませんが、過去を振り返ったときに初めて、そのときの意味がわかります。


そういう意味で、シェアしたフィードバックはとても素晴らしいものです!

今の高いエフィカシーをますますあげて、今後の成果やゴールをもっと達成していってください!


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


Whyから始めるというのは極めて大事なステップです!

Whyとは非常に抽象度の高い概念であり、Whyから始めると、強烈なインパクトが宿ることもそうですが、何より時間経過に埋もれない、圧倒的な普遍性が表れます。

それはモーツァルトの楽曲を思い出すといいのではと思います。

受け継がれた時間も、曲を愛した人も、全てがひとつ先をいっています。


さて、Whyとはコーチング理論でいうと、ゴール設定に相当します。

『ゴールから始めよ』といわれると、確かにそうだけれどもと、ぼんやりしてしまいます。

そしてわかりやすいHowやWhatを手に入れたくなるものです。


では少し観方を変えて、Whyから始めると何がどう響くのでしょう?

それは同じタブレットである、iPadとKindleを比較するとよくわかります。

iPadはご存知の通り、PCのひとつ先の進化形と捉えることが可能です。

そして、ホワイトボックスモデルに従って、ハード自体には最低限のアプリしか入っておらず、自分でいかようにも最適なマシーンにカスタマイズすることが可能です。

ご存知のように、軽くて持ち運びも楽で、身体操作を取り入れた画期的なデバイスです。

そして、スティーブ・ジョブズの世界にインパクトを与えたいという、強烈なWant-toに従って作られました。


一方、Kindleはホワイトボックスモデルに準拠せず、すでにアマゾン関係のアプリが入っています。

イメージ的にはアマゾン専用の入り口です。

より便利にアマゾンを利用することが可能になるという意味で、それはデバイスというより、メディアサービスと説明する方が適切です。


確かにiPadもKindleも、映画を見たり、本を読んだり、ゲームをしたりと、確かに似通った機能を持っています。

しかし、後ろにそびえる哲学が違えば、使ったときの印象は全く別のものとなるでしょう。

なぜならオーバーラップした機能だけを使わず、現実はもっと複雑に運用するからです。


Whyが変われば、例え同じようなWhatでも、それは全く別の情報を持っています。

Whyが変われば、宿る情報が変わるのです。

そして冒頭でも指摘したように、時間変化に強い存在へと昇華します。


もちろんいうまでもなく、Whyを見つけることは一番難しいステップです。

Whyが決まれば、あとは柔軟に決めてHowとWhatに落とし込めばいいからです。


Whyを決めずにHowとWhatを求めることは、いわば土台を作らず、ビルを建てるようなものです。


これは『弱いところをつぶす』という発想にとてもよく似ています。

弱いところをつぶすことは大切であり、日本の教育を受ければ、往々にして自分の悪いところに目が行きがちですが、残念ながら、弱いところをつぶすだけでは、どこへも行くことが出来ません。

なぜなら、弱いところをつぶした場合、次に現れるのは別の弱いところであるからです。
 
弱いところが新しく発見されるといってもいいでしょう。

基本これの堂々巡りです。
 

そして気付けば迷子になるものです。

私たちは、まずWhyという大切な1%に100%注ぎましょう!

大切な1%から始まれば、全てが同時に発火し始めます!


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


私たちにとって重要なことは、抽象度を常にあげ続けることだと思います。

抽象度が高いことがいいわけではなく、あげ続けるということがその核心です。

抽象度が高ければいいとしたならば、『空』といえば全てがそれだけで解決します。

ですが、『空』といえば全てが解決するほど、この世界は単純ではありません。

彼氏に浮気されたことを悲しむ彼女に、『全ては空だから』といっても何の解決にもならないのです。

そういう意味で、空は現実に対して無力です。


もちろん空が無意味ということではなく、きちんと抽象度の階段を上った人には、一般の人が持ちえないパワーが宿ります。

ただ悲しいことに高すぎると、誰からも理解されずに滅んでいく可能性もゼロではありません。

浮気を悲しむ彼女に空といっても響かないのです。


抽象度が低ければ低いで何もできず、抽象度が高ければ高いで誰からも理解されないというジレンマのなかで、前も後ろも真っ暗闇ならば、より一層『どこへいきたいのか?』という質問が重要になってきます。

そしてその上で、抽象度の階段を上るのです!

そうして初めて、私たちは一回り情報身体を大きくすることが可能です。


さて、これはゴール設定についてもあてはまります。

苫米地式コーチングにおいて、ゴール設定は非常に重要な概念です。

ですが、概念自体は特別苫米地式コーチングに限ったものではありません。


ゴール設定という概念の認知度だけなら、知らない人はまずおらず、昔の人たちでも概念自体は知っています。

それこそゴール設定という概念は、室町時代後期に日本に流入した『ウサギとカメ』という昔話にでも出てきます。

ウサギはカメを観ていましたが、カメはゴールだけを観ていました。

それがカメに勝利をもたらした要因です。

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 @ウサギとカメ


もちろんゴール設定という言葉が指し示すところは例え言葉が同じでも、どんどん進化を重ねていき、少なくとも苫米地式コーチングは『現状の外側』という強い制約を持つまでに至ります。

現状の外側は言葉自体は簡単ですが、定義上自分で外側が観えない、とても強い制約です。

そしてただ言葉で現状の外側は自分で観えないと口にするのは簡単ですが、必死に眼を凝らしても何も視界が変わらない経験をすると、初めてこの制約の強さに気づきます。


いくら擦っても取れない眼の梁に、ただひたすらに愕然とします。

そうして現状の外側にプリンシプルがあると知りつつも、ついつい内側に眼がいき、そこで考え込みます。

自分に足りないものは何なのかと、自分に必要なものは何なのかと、そうしてありきたりなものに飛びついては本末転倒です。


私たちが本当に手にするべきは、Whatでもなく、Howでもなく、Whyであるということです。

Whyはいつも観えません。

なぜなら、Whyは基本現状の外側に存在するからです。

Whyを無視してWhatやHowばかり追い求めても、劇的なパラダイムシフトは起きないものです。

今までの前提を超えるから、今までの前提をひっくり返すから、パラダイムシフトとなるのです。


もちろん最終的にはWhatもHowも必要です。

しかしWhatとHowだけでは、最後の壁を壊す、決定的な一撃が生まれません。


大事なことはWhyからスタートさせることです。

Whyから始めれば、WhatとHowにさらなるパワーが宿ります。

ありきたりなものに飛びついては、自分の貴重な生命時間が無情に奪われます。


私たちが本当に目指すべきは、Whyから始めたCrazy oneです!
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※この男のようなクレイジーに!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


最近私のブログの内容へのお問い合わせをちょくちょくいただくようになりました!

熱心にも過去のブログもどんどん読まれているみたいで、恐縮であり、ありがたいと思います!

ただ正直にいうならば、初期の頃のブログは今の自分からすれば、抽象度低すぎて 少し泣きそうなったりします。

もちろんたまに良いことも言っているので、そのあたりはちょっと自画自賛しておきます!w


さて、そんな問い合わせの中で、少し印象に残った言葉に、急に書いている内容が変わりましたよね?というものがありました。

そんな意識はさらさらないですが、あえて言うなら、その答えはパラダイムシフトが起きたということです!

当時はもちろんですが、そんなことを全く思っていません。
今もいわれるまで、特別気にしていませんでした。

スティーブ・ジョブズの『人は過去を振り返ったとき、初めて点と点を線で結ぶことができる』というスタンフォード大学の卒業公演での一説ではありませんが、それらに少しばかりの意味づけをすれば、それらは今の自分にとって必要な階段だったのだなと思います。

もちろん当の本人はそんなことは全く意識していませんし、当時はWant-toのまま気持ちだけで進んでいるところもあって、一貫性もへったくれもありません。

部分部分で急な方向展開はありますが、その方向転換した部分のなかではもちろん一貫性が保たれています。たぶん

一貫性もへったくれもない急な方向転換を、今の私個人の率直な感想をいうなのら、コーチとしてどんどんパラダイムシフトしたということでしょう。

抽象度の階段において下から上は観えませんが、当然上から下はスッキリです!

それはニュートン力学から、相対性理論や量子力学が説明できないような風景です。

これは私に限らず誰でもこれからゴールに進む過程で、突然起きてくるものです。


しかし、こういう言い方は事実ですが、あまり好きではありません。

なぜなら、それは私の過去の話であるからです。

私の過去のパターンが、そっくりそのままあなたのパターンになるわけではありません。

それは、野球の本から理想的な投球フォームを学んでみて、その通りに実践できないのと同じでしょう。

いきなりポーンッと上にいっていいわけです。
 

こういう言い方だと少し誤解を生みそうなので補足しますが、もちろん、気づきや理解の助けになるものはあるのでパターンを知ること自体、無駄になることはありません!

ただ、そこからキャッチできる情報はどうしても自分の今の抽象度の高さまでの情報だということは知っておくと少し幸せになれるような気がします。

下から上が観えないというのは、純然たるプリンシプルです。
自分でいっていても、この事実はただただ悲しくなりますが。
 
下から上は観えないが、早く上に行きたいときはどうすればいいでしょう?

これは簡単で、その人に会いにいくなり、直接学ぶということです。
 
私の感覚でいえば、場を共有すると、発信する情報も受け取る情報もビット数の桁が変わります。

ドクターにも、空海にも、プラトンにも、偉人は例外なく、優秀な先生がついています。 

本質は身体と身体を合わせなければ学べないということです。 


なぜこんな要点が見にくい話を長ったらしくしたかといば、人はすぐわかった気になるからです。

そしてこれは、私が一番残念だと思うパターンだからです。

わかった気になるとそこで成長は止まります。
仮に理解が正しくても、その先は見ないようになってしまいます。

せっかく無限の可能性を秘めた光る原石を持っているのに、これほどもったいないことはありません。


実際アインシュタインもいうように、知れば知るほどわからないことが増えていくものです。

ニュートンの言葉を借りれば、真理の大海を目の前にして、きれいな貝殻を拾って喜んでいるような風景です。 


知れば知るほどわからないことが増えていく風景は、私自身も往々にして直面します。

そして結論がなかなか出ないことが圧倒的に増えてきます。


そうして、そんな右にも左にいかない議論に、非常にモヤモヤして仕方なくなりますが、だからこそどこに行きたい?という質問は重要です。

私たちの良く知る言葉で、ゴール設定というものです。
 

そして、それが決まるから、右にも左にも行くことが可能です。

別に右にも左にもいかず、道なき道をまっすぐいってもいいでしょう。


何気なくふらっとトイレにいくのでも、スーパーに買い物にいくのでも、そこにはきちんとゴール(目的地)が存在します。

またゴールに着けば、次のゴールが待っています。
スーパーではその後必要な食材を買うし、それ以上のものは手に入りません。

夕飯がすき焼きのはずなのに、ジンギスカンを買おうとは思わないわけです。

現状から飛び出すためにやってもいいでしょう!
ただそれさえも、何気なくゴールが更新されています。

何事もゴールはきっちり更新するし、ゴール以上のことができないのが通常です。


サッカーでワールドカップ1位を目指して4位になることはあっても、4位になるといって1位になることはまず無理です。


まずはゴールを決めましょう。

そして、もっと先のゴールを見据えましょう!

そうすれば、一意に決まり、ドンドン勝手に進んでいくでしょう!

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※ゴールは遥か遠くまで!

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