苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:スコトーマ

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


本日は現在私のコーチングを受けている方から、非常に示唆に富むフィードバックをいただきましたので、匿名での掲載を許可していただいた上でご紹介します。


(引用開始)

こんにちは〇〇です。

最近は世界の見え方が変わった感じがします。
今まで世界は絶対的に存在するものではないと知ってはいましたが、それは文字の上だけでした。
 
しかし、脳に宇宙を分ける機能があり、それに伴って今感じている世界が立ち上がってくるということを近頃体感することがあります。
また、その機能自体も変化しそれに伴い世界も変わる。
不思議な感覚です。


また、出来事自体に意味はなく、過去の記憶に照らし合わせてセルフトークするのか、ゴールに照らし合わせてセルフトークするのかで意味の違いが生まれるのだということも最近強く実感します。

ゴールが無ければ、現状に縛られ続けてしまい、何も変化が生まれない。

ゴールの大切さは何度も繰り返し見聞きして学んできましたが、ようやく身に染みてきました。


あらゆるものが相対的なんだなと実感しています。

(引用終了)




コーチングを通じて、抽象度も、IQも、エフィカシーも、セルフエスティームも素晴らしく向上しているなとひしひし感じます。

もちろんそれらがあがったからいいというわけではなく(もちろんあがることはいいことです!)、それはただの副産物であり、本当に重要なことはそこで自分が社会に一体どういう機能を持ちたいかです。

それが苦しみの始まりでもあり、最も刺激的で愉しい瞬間でもあります。


さて、メールのフィードバックをいただけた通り、脳と心の使い方をきちん知ると、今までと違う風景が観えてきます。

例えそれが同じもの、同じ概念を観ていても、アクセスできる情報が異なるので、持つ意味合いは劇的に変化します。


>今まで世界は絶対的に存在するものではないと知ってはいましたが、それは文字の上だけでした。

とても素晴らしい気づきだと思います。

私たちの認知の仕組みは、これまで自分が見聞きしてきたもの、つまり自分の記憶に基づいています。

極端な言い方をすれば、自分の無意識が観たいものだけを見ているということです。

大抵の場合、知識の上でこの事実を知っていても、やはり体感レベルにまで落とすことは至難の業です。
実際今観ているもの、今考えているものが、すでに無意識の観たいものであるのに、どうやって自分で気付くのかは、極めて本質的な逆説です。


>しかし、脳に宇宙を分ける機能があり、それに伴って今感じている世界が立ち上がってくるということを近頃体感することがあります。
 
また、他にもメールから察するに、ひとつの空観の風景に達しているなと思います。

未来も過去もここにあるという感覚、つまり一念三千の風景です。

私たちの脳の機能は、五感から得た情報を逐次演算し、その結果を意識にアウトプットしますが、この演算について、もう少し着目すると、インタープリタ型のコンピュータ言語のように振る舞います。

つまり、外界から入ってくる情報を逐次コンパイルし、そのコンパイル後の情報と、記憶の情報を重ね合わせて、ひとつの意味づけをします。

ここで面白いのが、コンパイルにはそれぞれ個人間でクセがあり、これを私たちはブリーフシステムと呼んでいます。

コンピュータにおけるアルゴリズムが、ブリーフシステムです。


つまり、そのクセを置き換えることができたなら、当然出力される意味は変わります。

もちろん私たちはそれが可能であるという立場に立っています。


>また、その機能自体も変化しそれに伴い世界も変わる。
>不思議な感覚です。
 
その操作している感覚が、機能を与えるということです!
仮観といって良いと思います。

空観の体感を得て、それと同時に仮観の風景を得たならば、後はそれは選ぶだけです。

いうなれば、中観です!

そして中観とは、ゴール設定です! 


>また、出来事自体に意味はなく、過去の記憶に照らし合わせてセルフトークするのか、ゴールに照らし合わせてセルフトークするのかで意味の違いが生まれるのだということも最近強く実感します。

なので、上記のフィードバックはそれをやってしまったわけです。

素晴らしい!!!!


>ゴールが無ければ、現状に縛られ続けてしまい、何も変化が生まれない。

>ゴールの大切さは何度も繰り返し見聞きして学んできましたが、ようやく身に染みてきました。

ゴールがなければ現状に縛られ続けるという理解はもちろん正解ですが、ここまで自分の現状をドラスティックに変えたなら、もっと先の理解をひとつお伝えします。

それはゴールがないひとはいないということです。

現状維持をしてしまう場合、現状維持というゴールを達成するために、毎日非常に無意識は努力しています。

なぜなら、この世界はエントロピー増大則に従って、いづれ形あるものは朽ちていくからです。

生命現象は、この世で唯一エントロピー増大則に逆らって、必死身体を維持しています。

現状維持のために努力するとは、なかなか直感に反しますが、これが事実です。



非常に示唆に富む、素晴らしいフィードバックをいただけましたが、いうまでもなくもっと先へ進めます。

そのときのコツは今の気づきや得たものを、どんどん捨てていくことです!

折角得た収穫の時期を愉しむことは大いに結構ですが、ひとつ間違えるとそこに絡み取られてしまいます。

仏に逢うては、仏を殺しましょう!

そうすることで初めてさらに現状の外側に飛び出せ、それが出来るとさらにもっと違う情報が入ってくるようになります。

つまるところ、それがゴールの更新です。


まだまだコーチングの回数が残っています!

マイペースにガツガツして、もっともっと先へいきましょう!


次回のパーソナルコーチングも楽しみにしています!


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


11月のパーソナルコーチングの募集を開始します!


パーソナルセッションの依頼はこちらから!


自分を書き換え、なりたい自分に向かいましょう!!


お待ちしています!!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


エフィカシーをあげることは非常にゴール達成において重要です。

しかし、概念や知識としてエフィカシーをあげることの必要性を知っていても、実際なかなかに上手くいかないことが大半です。

なぜなら、エフィカシーをあげればいいといわれても、どうやってあげていいのかわからないからです。

よくあるエフィカシーの議論として、エフィカシーは『あがるもの』ではなく『あげるもの』だという議論がありますが、結論は後者でも、それであげれたら苦労はないよと思います。

エフィカシーは基本眼に観えませんし、触ることもできないから当然です。

眼に観えない以上、触れない以上、どうすることも出来ないように思います。


しかしといいつつも、経験則として、成功体験があるとエフィカシーがあがることを私たちは知っています。

もちろん一度や二度の成功体験では、容易にホメオスタシスに絡め取られてしまいますが、例え小さなものでも繰り返し継続的に成功を収めることで、それが自然とコンフォートゾーンに変わります。

それは段階的なエフィカシーの向上ということができるでしょう。


もちろんそれは正解です。

ただの経験則ではなく、認知心理学でも小さな成功が自己肯定感の向上に一役買うことがわかっています。

きちんと学問として証明されている以上、誰がやっても同じ効果が得られる可能性が高いでしょう。


ですがここでおもしろいのは、実際やり方がわかったとしても、同じ場所から全く動けません。

やるべきことが明確になっても、今度は何が小さな成功にあたるだろうかと、別の疑問が浮かんできます。

そして気づけば、時間だけが過ぎていき、やり方を知る前と何もかわっていないことに気付きます。


ここで重要な事実は、別にやり方の問題ではなかったということです。

エフィカシーはあがるものではなく、あげるものだという押し問答しているときと、この事態は本質的に何も変わりません。

というより、問題の出所は同じであるから当然です。


それはつまり、ゴールがなかったということです。

ゴールがないのに、エフィカシーをあげる必要がなければ、やり方を見つけても仕方ありません。


ゴールがあり、ゴールに向かっていく必要があるからこそ、エフィカシーをあげることも、小さな成功を収めながら自己肯定感を高めることも、その必要性が浮き彫りになってきます。

エフィカシーが高いだけでは残念ながら何も生まれません。

まずは、最初に自分のゴール設定から始めましょう!

エフィカシーをあげる必要が生まれてくるのは、その後です。
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※まずはゴールを見つけることから!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


誰しもすべからく自分について見つめたとき、『自分らしさ』というものが気になります。

私たちは歳を重ねるごとに、消費者から生産者へとその立場を変えていくなかで、生産者としての機能を探す一要素として、自分らしさとはとても魅力的な指針です。

なぜなら、砂漠の中でオアシスを行き当たりばったりで見つけることよりも、何かしら方向性をもってオアシスを探す方がはるかに早く見つかるからです。


自分らしさとは、ゴールに向かっていくなかでの重要なファクターです。

それが自分のゴール設定に関わり、オリジナリティーであり、社会的機能にも直結します。

もちろん内から湧き出るものである以上、Want-toであることはいうまでもありません!


私たちは往々にして淡い期待感を持ちながら未だ見ぬ自分らしさの到来を、今か今かと待ちますが、結論から言えば、残念ながら私たちが羨望の眼差しを向けるようなアプリオリなる自分らしさなどは何処にもありません。

もしあるとするならば、それはただの錯覚であり幻想です。


私たちはアプリオリなる不動点から演繹的に全てが決定している時代を生きているわけではなく、全てが流動的に揺れ動きながら産まれる2者間以上の関係性が重要な時代を生きています。 

そうであるならば、求められた機能に対して、どうのようにすることが自分にとって一番心地良いかが争点となるでしょう。

それを見つける方法は至極簡単で、求められた機能をのみを見つめて、淡々とそれをこなしていくことです。

淡々とこなして、一番自分がほっとするやりやすい方法を見つけるということです。


このとき今すでに自分の持っている情報も、必要なものとそうでないものが存在します。

いうまでもなく、何が必要で、何が不必要かはわかりません。

基本的に総入れ替えをするくらいの前提の方がスムーズです。

自分のなかの情報を洗いざらい入れ替えてみて、何度入れ替えても残る物が、もしかしたら私たちが欲しいと願う自分らしさなのかもしれません。


つまるところ、自分らしさとは、ただの結果論ということです。

何かをしたら自分らしさが見つかるわけでも、アプリオリに存在しているものではありません。

自分らしさとは、一番しっくりくるただの関係性です。

自分の中の情報をどんどん動かしていきましょう!


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 ※関係性とは情報空間でのダイナミックな移動です!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


ジュリアン・ジェインズの仮説が正しいならば、私たちの意識はわりと最近になって生まれてきたものです。

意識が生まれたことにより、自然界ではあり得ないありとあらゆる複雑怪奇なことが、人間は出来るようになりました。

例えば、動物は火を見ると一目散に逃げていきますが、人間は冷静に対処し、鎮火させようと試みます。

意識の誕生によって、私たちはおそらく世界で唯一自らを省みる力を獲得しました。


もちろんそれ自体が物事を好転させることはありますが、逆に物事を複雑にさせる場合も往々です。

ゴールに向かって進むとき、Aという選択をとることが最も合理的だったとしても、何故かそうでないBの方がよく見えたりします。

それはとても残念です。

しかし、本来はとても合理的な選択をとれたにもかかわらず、それをあえて無視して別の非合理的な選択肢を取ることは、もしからしたそれは自由の裏返しなのかもしれません。

本来流れるであろう流れの中で、堂々とNOといえるのは、紛れもなくそれは自由意思というものです。

合理的とはとても響きの良いものですが、基本簡素で淡白な一本道な、それ以上の膨らみがないものです。 


意識が良いか悪いという哲学的な問いを考えることは自分を省みるという意味でも極めて重要なプロセスです。

そのいきつく回答は何であれ、己を知れば百戦危うからずです。

意識ときちんと向き合きあい、客観的ファクトをきちんと押さえていく必要があるでしょう。


そういったところを丁寧にひとつひとつ鑑みると、人の認知は差分によって認識されることもそうですが、ついつい声の大きな者に従うことになりがちであることに気付きます。

あの人が言うから間違いない、世間の常識はこうである、自分が関知せず、預かり知らぬところで議論が進み、いつしかそれがまるで絶対的な真理であるかのように振る舞います。

そうなると、自分から選択するという行為が消えていきます。 


自分で毎度毎度意識にあげ、評価し、そして意思決定することは、とても労力のいる苦しい作業です。

創造主たる神から、主権を取り戻し、再び自分の手でビックバンを起こすことに等しい行為だから当然です。

そんな風景を知ると、決定された宇宙に生きることはとても簡単だったということに気付きます。

そんな風景を知ると、やっぱり神様がほしいなという淡い誘惑が湧いてきます。


しかしそれを踏まえても、その難しさはきちんと受け入れられるべきものだと思います。

なぜなら、そうして初めて自分らしい人生を歩めるからです。

なぜなら、そうして初めて自分の為したいものが見つかるからです。


誰かの人生ではなく、自分の人生を謳歌しましょう!

自分の意識のパラダイムシフトは、ビックバンを起こすことに似ています。


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※私たちは寂しいからビックバンを起こしました

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