苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:コンフォートゾーン

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。

6回のパーソナルコーチングを終えた方(厳密にはまだ期間中!)から、非常に示唆に富むメールをいただきましたので、匿名での掲載を許可していただいた上でシェアします!

自分でいうのもあれですが、今日のブログ記事は少し毒が効きすぎです!www


(引用開始)

文野様

こんにちは。〇〇です。
今日、沖縄での試験結果頂き、お蔭様でm(__)m合格しました(^_^)v

今思うと、かなりご迷惑おかけしながらですが、エキサイティングな数ヶ月でした。

沖縄まで行ったり、若干クレイジーなモードになりながら、 生徒集めから、モニターレッスン、何年ぶりかの指導案作りやら、レポートまとめたり、ペーパーテストや、実技テストやら。

飛行機も何年ぶり?飛行機どうやってチケットとった?どう乗った?(オイオイ) 泊まりでそんなに親しいってほどじゃない人達と密に過ごすのも、私には、かなりハードルが高いことですし。

きっと、コーチング受けていなかったら、この展開はやはりあり得なかったように思います。

何だかんだ言いながらも、チラシ…作れるでしょ。生徒…集まるでしょ。レッスン…楽しくできるでしょ。沖縄…行けるでしょ。試験…受かるでしょ。結構、エフィカシー高く持っていたのかもしれません。

(中略)

どう今後活かせるか。
ゴールですよね。

(中略)

よろしくお願いいたします。
今度は、発表会に向けて、進みます

(引用終了) 



まずは、試験合格おめでとうございます!

もともとちゃんと合格できる力を持っていたので、それがきちんと本番で出させれば問題ないと思っていました!笑

それとちゃんとエフィカシーはあがっているので、心配せずにドンドンいきましょう!!


さて、改めて読み返しても、非常に自身の巡り巡る情動の動き、そして躍動感の伝わる内容だと思います。


このフィードバックメールを通じて、最も伝えたいメッセージは以下です。

>何だかんだ言いながらも、チラシ…作れるでしょ。生徒…集まるでしょ。レッスン…楽しくできるでしょ。沖縄…行けるでしょ。試験…受かるでしょ。
>結構、エフィカシー高く持っていたのかもしれません。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


エフィカシーとは何かをという難解な回答を、とても秀逸に表現してくれた言葉だなとつくづく思います。

なぜなら、エフィカシーとは高揚感でも、モチベーションでもないからです。

エフィカシーとは、ゴール達成の自己評価です。


ゴールを達成できるときちんと自己評価することができれば、高揚感のあるなしに関わらず、『淡々と』必要な行動を起こせますし、移せます。

そういう意味で、もしかしたらコンフォートゾーンという言い方をした方が理解としては適切なのかもしれません。


例えば、資産運用の世界で2億円を運用するひとは、自分の行為に特別な高揚感はありません。

淡々と資産を運用して、自分の資産を大きくしているだけです。


しかし、資産2億円を運用するという行為がコンフォートゾーンに存在しないならば、2億円を運用しているひとに対して、なんてエフィカシーの高い人なんだと感じます。

なぜなら、2億円を運用するなんてことは、自分の現状にとって考えられないことだからです!


もし高揚感等の感情の有無によって、エフィカシーがあがったさがったの基準にするのであれば、ドーピングでもドラックでも何でもやればエフィカシーがあがるということになります。

確かにドーピングやドラッグを仮にやって、高揚感を得た場合、何でもできるという一種の全能感のような感覚は得られます!

そして、何の抵抗もなく今までチャレンジできなかったことにチャレンジできるということはあり得ます!

しかし、それらは一生持続しない、借り物のなんちゃってエフィカシーです。


もっといえば、一過性の感覚で、エフィカシーが測れることはありません。

本物のエフィカシーは、ずっと自分はゴールを達成できるという確信だけが存在します!


エフィカシーの上げ方は、もちろんオーソドックスな回答は『自分であげる』というものですが、これは私たちが持つ現状の世界観の中で解釈すると、たいていは上記のような感情至上主義に陥ります。


ひらたくいうと、エフィカシーをあげていもいないのにエフィカシーがあがったと自分を鼓舞するということです。


そしてエフィカシーが1ミリもあがっていないので、どこかで失敗すると(現状の外側に飛び出したことは大いに素晴らしいことです!!)、「コーチングはやっても効果がないでは?」と頓珍漢な意見を主張し始めます。


そもそもエフィカシーが本当に高ければ、そこで「自分らしくなかった」と考え、別の違うもっと上手くいく方法を考えますが、そこに全く考えが及びません。


最近はそういう意見を小耳にはさむ中で、自分がかかわったクライアントには、そういった世界へ一緒にシフトしていくことも、コーチとしての機能なのかなと思います!

ただ基本コーチは、クライアントの価値観に関与しないものなので、正直難しいところです。


それを踏まえても、コーチングを通じると、正直本人の自覚の有無に関わらずエフィカシーは勝手にあがります!


何にせよ、自分の判断基準では測れないほど遠くに来てしまうから、「激変した」といえるわけです。

それは故スティーブ・ジョブズではありませんが、過去を振り返ったときに初めて、そのときの意味がわかります。


そういう意味で、シェアしたフィードバックはとても素晴らしいものです!

今の高いエフィカシーをますますあげて、今後の成果やゴールをもっと達成していってください!


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


私たちの物の考え方は、過去の情動を伴って記憶によって出来ています。

これをもっと別の言い方に換えると、過去に行った失敗を強く記憶して、それを自分の未来の行動の指針にしていくということです。


つまりは、私たちの行動の基準が失敗によってもたらされているということです。

私たちの行動の基準が過去の失敗によってもたらされているのなら、私たちの人生は失敗の連続の上に成り立っているといっても言い過ぎではありません。


例え失敗の連続だったとしても、過去の失敗とこれから起こることに何か因果関係があるかと聞かれれば普通ありません。

サッカーでボールを蹴るつもりが全くボールに掠りもしなかったことと、野球でバットを振ってボールを空振りすることの因果関係はないのです。

しかし、なぜかサッカーでの空振りと、野球での空振りを同じフィールドで考えてしまい、そして次も同じミスをすると錯覚します。


これは脳の機能に由来します。

いわば、自分の持っている情報と新しく入ってきた情報に対して、整合的に結び付ける機能です!

何故強引にでも結びつけるかというと、それによって私たちの自我を保っているからです。


私たちの自我とは、無数の小さな要素が複雑に絡み合った大きな構造物(ゲシュタルト)です!

ゲシュタルトを維持するとは、つまりは自我を維持しているということであり、ゲシュタルト化を外すと私たちが生きていくうえで、とてもまずいことになってしまいます。

なので、この強引にでも結びつけてしまうのは仕方ありません。


そういったことを踏まえたとき、やるべきことはひとつだということがわかります!


それが『現状の外側』に飛び出すということです!


ひらたく言えば、自分がこれまでやったことがないことや、馴染みのないことをやってみるということです!

なぜなら、自分がの過去の経験群が、自分の行動基準を作って、それにしたがって生きているなら、その基準以外の行動をとらねば、いつもまでも同じところをグルグル周ることは自明だからです。


そしてこの現状の外側に飛び出すことを、苫米地式コーチングでは薦めています。


さて、現状の外側に飛び出すことは極めて重要ですが、ここだけいうと、今までやったことのないことをやれば正解ということになってしまします!

もちろん、それは半分は正解ですが、もう半分は間違いです。

なぜなら、ただやったことのないことをだけをやるのであれば、それは万引きや窃盗などの犯罪も正当化することになってしまうからです。


そうではなくても、今までやっていないことをやるのは基本勇気が必要です。

なので、ある種、発狂にも似た、感情を爆発させて、勢いでトライしようとしてしまいます!


これも実は間違いではありませんが、感情だけを爆発させてトライし続けると、いつの間にか何も考えずに脊髄反射するだけの、意味不明なただ声だけが大きいうるさいひとになってしまいます。

本人は非常に刺激的で楽しく前に進んでいると感じるかもしれませんが、実は何も変わらずどっぷり現状の内側ということが少なくありません。

それは本末転倒です。


では、どういう状態が現状の外側に飛び出すということなのでしょうか。

その理解には、「社会的チキンレース」がとても参考になります!


社会的チキンレースとは、ゲーム理論におけるひとつの数学モデルです!

ゲーム理論とは、戦略的意思決定や合理的な意思決定者間の紛争と協力の数理モデルを扱う応用数学の一分野です。

ゲーム理論は、ジョン・フォン・ノイマンと、オスカー・モルゲンシュテルンによって創始されました。

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@ジョン・フォン・ノイマン


ダウンロード
@オスカー・モルゲンシュテルン


話を戻して、社会的チキンレースのルールは以下のように簡単です!

2人がそれぞれバイクにまたがって反対に位置します。

2人がバイクに乗ったまま合図とともに向き合って突進します。

先にバイクのハンドルを切って逃げた方が負けで、残った方が勝ちです。

もちろん、確かに逃げなければ負けることはありませんが、お互いバイクで正面衝突しますので、命の保証はありません!



どうすれば、チキン(臆病者)にならず、自分の利益を最大化することができるでしょう?

自分の出方を決めるには、相手の出方を知る必要があり、相手の出方を考慮して、自分の出方を意思決定する必要が存在します。

そこには膨大な仮定と検証を伴う高度な推論が不可欠です。


そんな社会的チキンレースですが、実は必勝法が存在します!

それは、相手よりも先にバイクのハンドルを抜いて投げ捨ててしまうことです!


バイクのハンドルを抜いて捨ててしまえば、そのひとはバイクをコントロールできなくなってしまいます。

要するに、正面衝突を避けるためには、もう片方のひとがバイクのハンドルを横に切るしかないわけです!


緻密で論理的な数学の世界のなかで、それらの全ての演算を理性的に終えた結果、バイクをハンドルを抜くという非理性的な行為が最強であるというのは、とても興味深い事実です!

そして私はこれが現状の外側に飛び出す風景そのものだと考えています!


つまり、最後に出てくる(見えてくる)選択は、非常に非理性的で感情的なものですが、その裏側には膨大で緻密な論理が隠されているということです。

大胆さの奥底には、それを裏付ける確かな知性が存在するということです。


現状の外側のゴールに飛び出すことも同様です。

ゴールが先に存在し、そのゴールを達成するために、ありとあらゆる可能性や方法を考慮します。

そして考えに考え抜いて、様々な今まで体感したこともない情動の波に襲われながら、それでもバイクのハンドルを抜き捨てるように飛び出すのが現状の外側に飛び出すということです!


「えいやー!」と感情で物事を決定しているわけですが、最初から感情ではなく、最後に感情というのがそのポイントです。

そこにWant-toが重なると、無敵であることはいうまでもありません!

そう考えると、現状の外側とは、極めて理性的な行為だということがわかります。


それが現状の外側への飛び出し方です。

現状の外側へ飛び出すとは、とても静かで非常に大胆な挑戦です。

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


タイトルは昨日の1対1のパーソナルコーチングで、少し悔しそうにポロっとおっしゃった言葉ですw

しかしながら、この言葉は、コーチングとは何かを如実に表す言葉だと思っています!


良くご存知なように、コーチングという言葉の由来は馬車であり、馬車とはある地点から別の目的地まで送り届けるという意味が込められています。

つまり、コーチとは馬車であり、目的地まで送り届ける機能です。

それは裏返すと、自分の行きたいところ(目的地)は自分で決めるということです!


もちろん、私のコーチングスタイルとして、質問されたことに対して、理由も踏まえて理路整然とロジカルに回答します!

それは私の中では、最善の回答です。

しかし、その回答が、その人にとって最善であるかどうかは別の話です!

もっといえば、その人が私の回答を受け入れるかどうかを決め、あるいはそれをヒントにもっとより最善な回答を導くということです!


場合によってはスコトーマを外すために、わざと違う方向の回答を提供します。

猫という答えに対し、犬という答えを提供すれば、哺乳類というそれらを包摂した、ひとつ抽象度のあがった回答が現れます。


つまるところこれは、相手との関係性の中で答えが見つかっていく、苫米地式コーチングならではの「行き当たりばったり」の風景です!


「行き当たりばったり」とは、苫米地式コーチングのプリンシプルのひとつです。

その時、その人と、最適なタイミングと関係性のなかで、一番いい回答を一緒に探して見つけていく作業のことを私たちはこう呼んでいます。

戦略的との意味合いでも使います!

言うまでもなく、何も考えなしに、ふらつき迷走する、本来の意味での行き当たりばったりではありません。

ある人にとっての最善な回答が、また別のある人にとっての最善な回答ではないわけです。


さて、そんな『文野さんに聞けば答えがわかって、今のモヤモヤも晴れると思ってました』という言葉が出た経緯ですが、守秘義務の範囲内で答えると、その方はあることに大いに悩んでいます!

それこそ自分の今後の人生を冗談抜きで左右する、かなり重大な分岐点です。

仮にその選択をAとBとしたならば、AとBのどちらがよいのか、あるいはそれらを超えるウルトラCが文野の口から登場することを期待されていました!


そして私が取った選択は何かというと、それらに対して観方や考え方を提供しただけです!

聞かれたことはウソ偽りなく、正直に答える性分なので、そういった言葉がポロっと出た背景を少し考えると、その方にとってのウルトラCをこれまで連発しすぎたのかもしれません!


さて、そんなつまらない自慢話がしたいわけではなく、ここがコーチングの醍醐味です!

それは自分のゴールを自分の頭で必死に考え、それを決めて実践していくことです!


つまりは自灯明自燈自帰依(じとうみょうじとうじきえ)です。

自分で自分を照らし、自らを拠りどころとし、自分に由って立つから自由になるということです。


先ほどのAかBかの重要な岐路に対しても同様のことがいえ、自分でAなのかBなのかを決めないといけません。

いうまでもなく、ここは他人に預けていいところではありません。

私が仮に決めてもいいですが、決めればそれは奴隷の人生の幕開けです。

なぜなら、自分で自分の選択を行えず、あるいは自分の選択に自己責任がとれず、一生私が横で選択をしてあげないといけなくなるからです。


ハッキリいうと、そういうのはまっぴらごめんです。

依存者が増えて喜ぶのは、過去の手垢にまみれた自己啓発です。


少なくとも私はコーチングを自由になるためのツールだと考えています。

自分の意思を相手に預けるのは、自由とは真逆の発想です。

もちろん頼ってくれることは歓迎です!

自分に出来ないことを人に頼ることと、依存することは違います。



コーチングは2人3脚なので、色々なことに向き合いながら一緒に前に進むことは歓迎ですが、それがどうしても出来ないというのなら、あるいは私に全てを選択してほしいなら、私はにっこり笑ってあなたを置いていきます。

もちろん今後また大きく飛翔して、そのときのレベルに相応しい大きな悩みと大きな課題を抱え、再びコーチングを受けに来ることは歓迎です!


答えが出ないということは、基本とても苦しいことです。

しかし私は、「あーでもない!」、「こーでもない!」と頭を悩ませながら葛藤して、自分の答えを必死に導こうとしている姿勢に心から敬意を表しています。


確かにゴールが見つかれば、AがよいかBがよいかが決まります。

そしてそれは往々にして現状の外側であり、現状の外側とはコンフォートゾーンから離れることなので、色々な情動が洪水のように溢れ出します。


そういった大きな感情のうねりのなかで、『それでも!』と、一歩外の世界に踏み出すから現状の外側です。

様々なややこしい手続きをいくつも踏みながら、そこで命がけの跳躍をするから現状の外側です。


よくある現状の外側の誤解は、これらの葛藤を真正面から受け止めず、ただ思考を停止させ、倫理的にもおかしい、程度の低い欲求を爆発させるというものです。

確かに現状の外側とは、自分にとってなじみのないものであることが往々ですが、程度の低いを欲求を爆発させるのは、勇敢でもなんでもなく、ただのドンキホーテであり幼稚園以下の論理です。

軽犯罪を犯すことが現状の外側とは言わないし、サラ金でお金を借りることがノットノーマルというわけではありません。

それはただの都合のいい解釈です。


忘れず実践してほしいのが、答えが出るか出ないかではなく、そこにたどり着くまでのプロセス(ロジック)の方が100倍重要であるということです!

その過程には様々な悩みと葛藤を抱え、血と泥と汗に塗れながら前に進む泥臭いメンタリティーです!

そんな重たい身体で飛び出すからこそ、その一歩がゴールに行き着くための大きなエネルギーを産み出します。

私はそれが人の強さだと思っています!

そこに人の可能性が潜んでいると思っています!


だから、一歩を踏み出しましょう!

それが本気で変わっていくことだと考えています。

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


という風に、昨日の1対1のパーソナルコーチングに際、軽く叱られてしまいました!

『私、毎日チェックしてますから!』とプレッシャーをかけられたのも、もしかしたら初めてかもしれません!ww

確かに前回の記事が2月24日に公開だったので、2週間近くブログを更新していないことになりますが、個人的にそんなにきちんと読んでいただけたことに、感謝です!


言い訳をすると、ネットワークの不調により、これまで全くブログ等の媒体にアクセスができませんでしたが、昨日の夕方にようやく諸々が復旧しました。

もうひとつ言い訳をすると、私もこんなにブログの更新が止まることがなかったので、「ブログ書かなければ!」と内心結構焦っておりました!

ここ数年間、ずっとブログを書き続けていたので、今考えればコンフォートゾーンになっていたということでしょう!

何にせよ、これでまたブログやメルマガなどの情報発信が行えます!


さて、昨日は6ヵ月コーチングの最後の1回でしたが、最後も色々な発見がありましたね!

今の大きなテーマはご自身の未来のことです!

もちろん守秘義務があるので、この場で具体的な内容には一切触れませんが、未来に眼を向けたなら、そのゴール一点をただひたすらに見つめ、そしてその臨場感をどんどんあげていくことです! 

私たちはついつい、自分の今やっている選択肢が、本当に自分にとってよいものかであるかを悩みますが、結論をいえばどの選択をとっても正解です!

そしてその選択が常に最高の選択です。


言葉尻だけをとらえると、どうしても大ざっぱでいい加減に聞こえますが、実際にその選択が本当に正しいかどうかの結果は未来のその瞬間がやってこなければわかりません。

しかも仮にその選択を取ってみて、いい結果が返って来ても、次の機会にはそれをひっくり返すような出来事が起こるかもしれません!

もちろん逆も然りです。

人間万事塞翁が馬とか、禍福は糾える縄の如しということわざの通りです!


しかし、これがコーチングの面白いところであり、不思議なところですが、自分がゴールに向かってエフィカシーを高く持ち、ゴール側の臨場感を高く維持が出来たなら、どんなプロセスを通っても最終的にはそこに行き着います!

ダイソンもビックリの吸引力です!ww


他にも、あまり昔の嫌なことやネガティブな経験に対する臨場感も全く出てなかったですね!

6ヵ月の期間を通じて、ちゃんと不要なものも取り除けたので、ある日突然もう身体が動かなくなるということはないでしょう!

 
ちなみに苫米地式コーチングを受けてみて、過去のことが思い出せなくるということが頻繁に起こります。

その回答はとてもシンプルで、個人の持つ重要性が変わるからです。

重要性とは何かといえば、そのひとが五感から得る膨大な情報の中から、無意識の選択を通じて、意識の上にあがる基準のことです!

つまり、自分の重要性が高いものが意識の上にあがり、そうでないものは存在にすら気付かないということです!

例えば、FF13が好きならばライニングさんの姿に眼がいき、ルイヴィトンに興味があるならばルイヴィトンに眼がいくということです!


@ルイヴィトンとコラボしたFF13主人公ライトニングさん


話を戻しますが、その重要性が何かといえば、結局は自我であるということでした!

重要性関数とは、自我のことでしたね!

私たちのコーチングの流派は、他のコーチングの流派と決定的に違う点は、内部表現の書き換えを取り入れている点です。

簡単にいえば、コーチングを通じて別人になっていくこということです!


別人になれば、過去に経験した出来事への意味合いが変わることは当然です。

またひとによれば、重要でなくなるので、思い出す必要もありません。

昨日はいたズボンを今日の洗濯に入れそびれたかどうかはどちらでもよいことです。
なぜなら、入れ忘れたらまた次の機会の洗濯で洗えばいいからです。


そういう意味で、私のコーチングでは期間中のメールのやり取りを頻繁にすることを薦めています!

もちろん楽しくWant-toという前提です!


どんな内容でも必ず返信をお書きするのは当然として、それはサービスの一環というより、私個人の本音では、その方が変化が早まるし、何より過去の自分が書いた文字情報を残しておくことで、ふっと見返すと、その差分で自分の変化がようやく明確になるからです!


『え!こんなこと考えてたっけ?』というのは結構ザラに起こります!

モチベーションをあげるだけあげて、そのときはいい話聞いたわーと満足するけれど、3日くらいでその効果も消えて、結局何も変わらないよりは遥かに良いでしょう!

しかし、変化が自覚しにくいという点で、効果がありすぎるというのは、ある意味問題なのかもしれません!

明らかに贅沢な悩みですが、どちらがよりクライントの利益かを考えれば、もちろん答えは明白です。


ということで、とある企画にご協力いただけた特典のボーナスセッションはまた来月です!


こちらもまた、楽しみにしています!!


もっともっと先にいけますよ!

これからも応援しています!!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


Affirmとは「肯定する」という意の動詞のことで、もちろんその名詞形は私たちが良く知るAffirmation(アファメーション)です!

このAffirmには、肯定するの意の他に、受け入れるというニュアンスも入っています。


さて、そう考えるとアファメーションとは、単なる消極的な肯定ではなく、積極的な肯定の姿が見えてきます!

なので、刷り込みというと非常に乱暴ですが、アファメーションとして書いた自分の未来のイメージを、積極的にどんどん受け入れていくことが重要です!


このとき、きちんと受け止めることができたなら、理想形はもちろん今ここにいることが不快で仕方ないという認知的不協和が起こることですが、それとは別に「こんなことして本当に大丈夫なのか?」といった、不安や緊張が出て来ることが大半です!

正直にいえば、大抵はここでその不安に耐え切れない場合がほとんどです!

なので、せっかくゴール側へ動いたコンフォートゾーンが、またもといた現状に戻ってきます。

これは非常にもったいないです。


では、ここでよく考えたいのが、受け入れるというのはどういうことかということです。

私がよくパーソナルコーチングを通じて経験することは、自分のすごさを受け入れないというケースです。

競争が重要ではないという前提は当然として、その上で明らかにひとよりも優れている長所があっても、自己肯定感が低い場合、ここでその事実がどんなに他人から教えてもらっても受け入れるということをしません。

「ふーん」と、軽く流されるのがオチです。

つまり、自分の持っているものは、自分が馴染み深すぎて、当たり前になっているパターンです。

自分の長所が当たり前になっていると、自分が持っている「それは大してすごいものではない!」というリアリティーが基本優先されるのです!


これをもっとわかりやすい事例に置き換えれば、一流大学での学力順位です。

一流大学に入るだけで一般的に十分はすごいわけですが、もしその中で成績が万年ビリならどうでしょう?

おそらく誰しも自分がビリであることに劣等感覚え、自分はなんてダメなんだとなります。

そこでいくら、あなたはどれだけの勉強をして一流大学に入ったじゃないかといっても、聞く耳を持たないのと同じです。


では積極的に自分すごいところを肯定するとどうなるか?

エフィカシーがあがります!

エフィカシーがあがるので、大きな挑戦をしてみたくなります!

自分の長所を使って、どうやって社会に役立つかを真剣に考えたくなります!

もちろん、いうまでもなくそれはゴールが見つかるということだし、そしてその達成も可能です!


自分がどんどん好転していくというポジティブな連鎖は、兎にも角にも自分のエフィカシーがあがるからです!


よくエフィカシーをあげるためには、どうすればいいかと聞かれ、その都度そのひとにあった最適な方法を色々とお答えしますが、一番効果が高いものひとつのは、自分の長所や強みを長所や強みだと受け入れることだと感じています!


アファメーションに話を戻すと、アファメーションもこれと全く同じ構図が成り立つと考えています!

まずは、受け入れることです!

そして受け入れるとは、その選択にきちんと責任を持つことです!


そういった要素がきちんと絡まったとき、アファメーションは優れた自分の書き換え手段になるのです!

アファメーションを正しく使って、ゴールを達成している自分をぜひ想像してみてください!

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