苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:アルゴリズム

『ドクター苫米地の新福音書』

本書は自由意思とは何かという壮大なテーマから「自分らしく生きる」ことに言及した著書である。 

自由意思という概念を、機能脳科学、現代数学、現代物理学、現代分析哲学、計算機科学等の学問から一望した内容は、壮観の一言である。
  


自由意思とは何かについて言及するには、自我についての定義が必要である。

なぜなら自由意思とは、広辞苑にて「他から束縛されず自らの責任において決定する意思」と定義されるように、自我のうちから出てくるものであるからだ。

いうまでもなく「自分らしさ」も、自我や自由意思から要請される。

私たちが「自我」という対象を考えるとき、それは往々にして意識のことを指す。

これは、『「わたし」とは何か?』というおそらく多感な子供時代に誰もが考えたであろう極めて普遍的な問いである。

我々は今ここにいる意識のことを、デカルトが方法序説で書き記したように、疑いようのない絶対的な存在であると考える。
なぜなら、意識について考えれば考えるほど、それに比例して意識するという行為が浮き彫りになるからである。

しかし、これは冷静に考えるととても不思議な論理であることに気付く。

なぜなら、「意識とは何か」について「意識」で考えているからである。

例えるなら、精神科医が自分の精神状態を診断し、精神異常の有無を判断しているに等しい。

普通精神異常を自分で知覚できないことは、想像に難くない。

今このブログに映る視覚情報も、マウスに触れる触覚情報も、PCの冷却ファンが放つ聴覚情報も、今ここにある自我を経験的に確からしめるように思えるが、それは自我のアプリオリ証明となる明確な根拠にはなりえない。

なぜなら、意識がない状態をどのように意識するのかという本質的な自己矛盾を持つからである。
例えば頭が留守となる場合があることを我々は経験的に知っており、それは無意識状態である。

無意識を意識することはできない。


さて、自我を定義するにあたって、認知神経科学の観点から考える。

先に結論を述べれば、自我は存在しないという結果が、最近の認知神経科学の研究では揃いつつある。

マイケル・S・ガザニガ著 〈わたし〉はどこにあるのか p.160~161

(引用開始)

意識の時間差に25年も前から繰り返し報告されてきた。

カルフォルニア大学サンフランシスコ校の生理学者ベンジャミン・リベットは、神経外科手術の最中、覚醒している患者の脳に刺激を与えてみた。

そこは手を担当する領域だったにも関わらず、患者が手に感覚を覚えるまでに時間差があった。

その後の実験では、行動開始に関わる脳の活動が、実際の行動の0.5秒前に起こってことがわかったが、これは当然だろう。

驚いたのは、被験者が行動を言度する0.3秒前から、脳内では関連する活動がすでに高まっていたことだ。

(中略)


2008年、ジョン=ディラン・ヘインズを中心とする研究グループは、こうした最新技術を活用してリベットの実験をさらに発展させた。

そしてある傾向が生じるときは、それが意識にのぼる10秒も前から脳にコード化されていることを突き止めたのだ。

脳はその持ち主が意識する前から活動していた。

それどころか、脳のスキャン画像から次の行動が予測できてしまう。これは衝撃的だ。

本人がその欲求を意識する前から、行動が無意識に始まっているのだとすれば、意志の原因としての意識の役割はなくなり、行動を起こそうとする意識的な意志はただの幻想となる。 

(引用終了)

※ジョン=ディラン・ヘインズらの研究参照はこちらから


私たちの頭の中の思考、五感を通して得られる情報は全て、脳の中の電気信号でやり取りされる。
 

このとき電気信号のやり取りを単純化するならば、入力⇒脳(演算)⇒出力という3層で表せる。


ここでいう入力とは五感から得られる情報や感情であり、出力とは実際の思考や行動のことを指す。


我々が意識と呼ぶのは、上引用からも理解できるように出力にカテゴライズされるものでる。


余談であるが、この事実はジュリアン・ジェインンズのバイキャメラルマインド(二分心)とも符合する。


脳が大脳辺縁系、新皮質と進化とともに徐々に拡大し、その処理能力が向上していった歴史のなかで、意識も生まれきたのならば、出力結果であることにも確かに納得がいく。


なお、バイキャメラルマインドとは、意識は先天的に備わっていたものではなく、進化の過程で後から生まれたものであるという仮説である。


意識が出力結果であるならば、我々の自由意思は何処にあるのかという疑問が残る。

そして、これらの実験結果だけを素直に踏まえるならば、我々に自由意思はないといえる。


すなわち、我々の意識とは、脳という計算機から投影されたホログラムのようなものであり、ホログラムが自分に実体があると錯覚しているにすぎないということである。



では我々は自由意思をどのように捉えるべきだろうか。


認知神経科学の知見を用いて、もう一度自我について考たい。
 

ここでは、左脳の機能に着目する。


左脳とは主に計算や言語・発話といった知的行動が専門であると考えられている。

他にも重要な機能として、統一がとれた対象への意味付けを行う。


この事実をもう少し深掘りするために、ガザニガ教授が実際に行った分離脳患者の事例を取り上げる。
 

分離脳患者とは、左脳と右脳をつなぐ脳梁が切断された患者である。

例えば、てんかんを持つ患者は、最後の治療法として外科的に脳梁を切断することがある。

てんかんとは、突然発生する脳内の電気的興奮により、発作を繰り返す慢性的な脳疾患である。
このとき、脳内の電気的興奮が発作の原因であるから、物理的に電気信号が通る個所を切断することで、発作の発生を抑える。

この治療法は事実効果があり、発作自体はほぼなくなる。
そして、患者も特に後遺症がなく、手術前とほとんど生活も変わらない。
 

しかし、このとき分離脳患者は物理的に脳梁を切断されたことで、左脳と右脳がそれぞれ独立し、情報のやり取りがないことは自明である。

そのため、左脳は右半身を、右脳は左半身をコントロールしているが、左目で観たもの(右脳で知覚)は何かと分離脳患者に問うと、彼らは何も観えないと答えるという奇妙な現象が起こる。 


それを踏まえ、今度は右視野(左脳)には、ニワトリの足の写真を、左視野(右脳)には雪景色の写真を見せる。

続いて、一連の写真の中から前の写真と関連のあるものを左右の視野にそれぞれ選んでもらう。

左手(右脳)は雪景色に対応するショベルを選び、右手(左脳)はニワトリを指した。

その後、言語野を持つ左脳に、左手はなぜショベルの写真を持っているのかと問うと、平然と「ニワトリ小屋を掃除するのにショベルが必要だ」と答えたのである。 


回答内容に違和感があることもそうだが、ここでもう一度左脳と右脳は情報を交換していないことを思い出したい。

つまり、左脳は右脳が何を見て、ショベルを選んだのか知らないのである。 

そこで今現代左脳が持っているニワトリの足に関連する写真を選ぶという情報と、左手に持つショベルという全く関連性のない情報を、非常にクリエイティブに統合し、意味付けを行ったのである。
 

この意味付けにおいて、その意味付けが正しいかどうかは特に問題ではない。
あくまで構造として統合化され、辻褄が合っているかどうかが争点である。

これが左脳の意味付けの機能である。


この機能は、すべからく我々にも宿っており、今こうしている間にも左脳は外部から情報を受け取り、意味付けを行っている。
我々は生得的にアプリオリを好むのは、左脳のせいかもしれない。

この意味付けには、いうまでもなく個人個人によってバラつきが生まれる。

脳の活動を観るだけで、「指紋のように」個人を特定することができるという研究結果もある以上、それはクセという言う方が適切である。


このクセには特に主体性があるわけではなく、ただ演算する方向性が決まっているアルゴリズムである。


これは脳が逐次五感から手に入れた情報に重みづけをすることで、重要な情報を意識のうえにあげるという、我々にとって馴染み深い評価関数(重要性関数)という自我の定義にも合致する。


つまり自我とは、主体性のないただのアルゴリズムであると定義できる。

この神経ネットワークにおける電気信号のやり取りのパターンが自我である。

そして左脳の意味付け機能は、受け取った情報以上の計算は出来ない。


この事実を知ったとき、自由意思についてひとつの光明が差す。


それは、どんな情報を自分に入力するかを選択することである。


もちろん自分に何を持って入力する情報を決めるかと聞かれれば、それはゴールに重なるかどうかである。

ゴールが決まり、出力したい計算結果が明確になるから、入力する情報をそれにそって変えることができる。

これを裏返せば、何もゴールがなければ、受け取る情報以上の計算が出来ない以上、一貫性のないバラバラな結果が出力されるのみである。

ゲーデルの不完全性定理発見以降、どんな系にも必ず矛盾が内在することがわかっており、それは自我というアルゴリズムでさえ例外ではない。

グレゴリー・J・チャイティン著 知の限界 p.3
(引用開始)

手短にいうと、ゲーデルは不完全性を、チューリングは計算不能性を、そして私はランダム性を発見しました。


(引用終了)


ゲーデルの不完全性だけでなく、チューリングの計算不能性も、チャイティンのランダム性も、全て自己言及から導き出されるように、自由意思を行使するにもまずは自身について知る、すなわち自己言及することから始まるように思う。


本書の言葉を借りれば、それがシステムSを超えることだと考える。


神が消え、情報空間でのエントロピーが下がり、今日という1日が延々と続くなかで、ますます重要性を増すのが自由意思である。

それはすなわち、『どこへ行きたいのか?』ということである。
ゴール設定こそが、現代を生きる我々の福音となることを教えてくれる。


ぜひ本書を手に取り、自由意思を獲得して、壮大なグランドデザインを描いてほしい。


 








『言葉があなたの人生を決める』

 本書はコーチングにおける重要なゴール達成の技術である、アファメーションについて書かれた入門書である。

難解であったルータイスの著書『アファメーション』を、もっとやさしく誰でも読めるようにすることが前提に書かれている。 
とはいえ、エッセンスは飛ばさずやさしく書かれた良書であるものの、アファメーションも同時に読むことを薦めたい。


アファメーションとは、言語を使ったゴール現実化の手段であり、それは以下の11のルールに基づいている。

1.個人的なものであること

2.肯定的な表現のみを使い、肯定する対象のみを盛り込むこと

3.「達成している」という内容にすること

4.現在進行形で書くこと

5.決して比較をしないこと

6.動作を表す言葉を使うこと

7.情動を表す言葉を使うこと

8.正確に描写し、記述の精度を高めること

9.バランスを取ること

10.リアルなものにすること

11.他人に教えず、自分だけのものにすること


詳しいルールの解説や実際の書き方は、本書とアファメーションワークブックに譲るが、実践するにおいて決して欠かすことができないのが言語空間とは何かの理解である。


言語空間を理解するにあたって、まず初めに『言語』と『言葉』の定義を広辞苑よりそれぞれ引用する。

言語:
思想・感情・意志などを互いに伝達し合うための社会的に一定した組織をもつ、音声による記号とその体系。
また、それによって伝達し合う行為。
音声によらない手話や文字の使用を含めていうこともある。

言葉:
人の発する音声のまとまりで、その社会に認められた意味を持っているもの。
感情や思想が、音声または文字によって表現されたもの。


上記の引用からも理解できるが、言語とは言葉の集合であり、その言葉には感情や思想と言った個人によって異なる情報が紐付く。

なぜなら、個人の感情や思想は、過去の経験や体感、親兄弟、友人、学校の先生、その他にも規範、文化、宗教といった要素が密接に絡み合っているからだ。

例えば、リンゴという言葉を聞いたとき、バラ科リンゴ属の果物を一般的に連想するように思われるが、プログラマーにとってはコンピュータであり、音楽関係者にとってはビートルズとなる。

もちろんこれ以外でも、言葉が現状のコンテキストから常にフィードバックを取り、最も最適と思われる意味として認識されると、言語学では意味論ベースで理解されている。


また、ヴィトゲンシュタインも、論理哲学論考にて、言葉の持つあいまい性を指摘している。

ヴィトゲンシュタイン著 論理哲学論考 p.26~27
(引用開始)

思考は命題で表現される。
そのさい、思考に含まれる諸対象に命題記号の諸対象が対応する。

この要素は私は「単純記号」と呼ぶ。
そこにおいて命題は「完全に分析された」と言われる。

命題において用いられた単純記号は名と呼ばれる。

名は対象を指示する。対象が名の意味である。

命題記号における単純記号の配列に、状況における対象の配列が対応する。

名は命題において対象の代わりをする。

対象に対して私は名を与えることができるだけである、そうして記号は対象の代わりをする。
私は対象について、その性質等を語ることができるが、性質を抜きして対象を単独で言い表すことはできない。
命題はただものがいかにあるかを語りうるのみであり、それが何であるかを語りうることはできない。

(引用終了)

まさに、言語や言葉のもたらす意味が、その都度その都度動的に変化し、最も最適であると思われる様相に変わっていることの証明である。

以上を踏まえると、言語空間とは、個人の過去の経験や、社会または現状のコンテキストによって動的に変化する言葉が集合した空間と定義できるだろう。


さて、言語空間における定義が明確になると、アファメーションとは単なる肯定的な言葉を語りかけでなく、もうひとつの深淵なる側面が見えてくる。

それは内部表現の書き換えである。

内部表現の書き換えにおいて、意識は重要な役割を果たす。

意識とは、何かを意識にあげるという働きであり、何かを、そして内部表現を意識にあげることで、我々は内部表現を操作することが可能になる。

意識できるとは、言語化できることであると心理学では明確に定義されている通り、言葉にするということは、ビジュアル的なイメージも含め、明確な個人個人で異なる世界が無意識に現れる。

つまり、アファメーションとは、自分が持つ現状の世界像を書き換え、ゴール側の世界像へ移行させることで、ゴールを達成することが結果的に可能になる。


余談だが、これは新興宗教に洗脳された信者に対して脱洗脳していくときと同じものである。

ドクターがかつて担当したオウム真理教の脱洗脳は、ディベートスタイルで、教義が内在的に持つ論理矛盾を浮かび上がらせてそれを指摘し、その結果として起こる認知不協和のときに、脱洗脳を仕掛けた。

また、教義とは新興宗教の掲げる世界やイメージが、言葉に直接紐付いていることをここで補足したい。

脱洗脳も、内部表現の書き換え術の別の側面であることに留意すると、アファメーションは現状を脱洗脳して、自分を拠りどころにした自分の価値基準に沿う自己洗脳ともいえるだろう。


また、Affirmation<アファメーション>とは、名詞で肯定という意味を持つが、動詞のAffirmの持つ意味は、「はっきり主張する」や「断言する」という強い意味を持ってる。
なお、法学においては、確約の意として用いられる。

それは先のアファメーションの理解と照らし合わせると、成功の方程式(R = I × V)とも合致する。

成功の方程式とは、ゴール側の現実(R:Reality)が私たちのイメージ(I:Image)と臨場感(V:Vividness)のかけ算によって成り立つことを定義した式である。

私たちがゴール側のリアリティーを高めようとする場合、それはただの妄想である場合が少なくない。
なぜなら、イメージだけが先行し、そこに臨場感が伴わないからだ。


ゴール側のイメージをアファメーションという形で明確な言葉にすることは、そこに臨場感が伴うという意味でも、これまで自分が持っていた世界観を覆すという意味でも、情報空間における新たな宇宙創世である。

現状の外側にゴールを設定することは定義上、基本的に可視化しずらく、生みの苦しみを伴うものであり、忠実に実践するためにはそれなりの訓練が必要である。

しかし、それがゴールを設定、達成するということであり、自らを書き換えるということでもある。

そしてアファメーションはそれを可能とする手段である。


本来言葉はただの記号に過ぎず、その持つ意味合いや世界を決定しているのは、紛れもなく自分の無意識下における脳内処理である。

脳内処理のアルゴリズムが、様々な価値基準に則っていることはいうまでもない。

その脳内処理から導かれる風景と、自分のゴール側のイメージが強固に結びついたとき、それは初めてアファメーションとなる。

そしてこれがゴールを確信することであると、私は考えている。


ぜひ本書を手に取り、壮大な言葉のパワーを体感して、ゴールを達成してほしい。
 







*早期割引は本日まで!*

*これまでの内容を一気に俯瞰しながら加速学習を行います!*
*相当に面白いです!ご期待ください!!*




ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


長らく、お待たせしました!

第8期コーチング理論実装スクールの募集を開始します!

先月の第7期コーチング理論実装スクールでは、これまでのどのスクールよりも密度が濃く、そして秘匿性の高い理論と技術を扱いました。

第7期の内容は、恐らく今後よほどのパラダイムシフトがなければ、行うことはないでしょう。

それくらい強烈な講座でした。

大きな力には、大きな責任が伴うものです。


さて、第7期まで順当に進め、回を追うごとにドンドンレベルアップしているコーチング理論実装スクールですが、今回は一転さらに遠くへ飛翔するために、徹底的な底上げを行いたいと思います!

これまで第1期から第6期までの高度な理論と高度な技術を、さらにブラッシュアップし、それを踏まえながら、一気通貫して、さらにより深く、ガシガシ身体に刻み込んでいきたいと思います!

名付けるなら、書き換えブートキャンプです!

そして今回は初の2日連続開催です!

bootcamp
@こちらは懐かしきビリーズ・ブートキャンプ


コーチング理論実装スクールで扱っている技術は、非常に優れた書き換え技術でありますが、所詮どこまでいってもただのツールです。

ツールはゴールがあって意味をなし、ツールには当然上手い下手の概念が存在します。

つまりそれは使って使って使って使って使い倒して、初めて上手くなるということです!

しかも、この場に揃うのは、勤勉でレベルの高い人たちなので、成長スピードも圧倒的です!

場の共有とは、恐ろしく、誰かが出来るようになると、途端に横の人もできるようになります!

そうして生まれる成長のスパイラルは、留まることを知りません!


言わずもがな、今回の書き換えブートキャンプでは、これまでのスクールで扱った技術を徹底的にワークワークワークワークで、エッジの効いた技術にすることが目的です!

もちろんですが、さくっとこれまでの理論の風景はお伝えしますし、ワークの方ではこれまでのスクールでも公開しなかったことをやろうと思います!

あれだけ濃く、1日かけて仕上げた内容に、さらに詰め込んで、さらに凝縮するとどうなるのでしょうか?

自分でも想像できません!

ただ、凄いことになることだけは間違いありません!

今から、どのような変化が生まれるか楽しみです!


以下、詳細
第8期コーチング理論実装スクール『書き換えブートキャンプ』
日程:2015年8月1日(土)‐第1期~第3期
   2015年8月2日(日)‐第4期~第6期

時間:13:30~17:30
(質疑応答、休憩等込み)
(セミナー開始および終了時刻前後あり)

場所:東京都内某所
 (参加者様に個別でお知らせします)

募集人数:最大8名様
(定員に達し次第、終了とさせていただきます)

料金:各日程通常⇒180,000円(税込)
     メルマガ読者、早期割引⇒120,000円 (税込)

  両日参加通常 ⇒ 360,000円(税込)
         メルマガ読者、早期割引⇒ 220,000円 (税込)

  早期割引は7月20日(月祝)23:59:59 まで
  ※分割支払6回までOK

申込み期限:2015年7月26日(日)23:59:59 まで

参加条件:過去にコーチン理論実装スクールへ参加されたことがある方
       過去はじめての書き換えへ参加されたことがある方
       ないしはそれに参加に準ずる方

お申込み:こちらのメールフォームから

質問等:こちらのメールフォームから

※コーチング理論実装スクールとは何ぞやという方へ
・苫米地式コーチング、ないしはその背景に潜む苫米地理論の深淵を学び、社会に機能を果たす人向けの講座です。

・書籍では学べない、他所が教えない、体感がわかりにくいところもカッチリとした理論とワークの両輪で学んでいく講座です。


技術的に悪用厳禁なのはもちろんのこと、この講座はきちんと自己責任が取れる方だけお越しください。

もし万が一、悪意を感じた場合、文野の判断で参加をお断りする場合がありますことも事前にご了承ください。

なお、コーチング理論実装スクールは、分割支払いにも対応しています!


第1期のご感想:テーマ『内部表現と共感覚』
(引用開始)

・苫米地式コーチングの原則的な考え方は、頭では理解していたが、対面での講義にてより深く理解できた

・ゴールに変化がありました(夢の封入ワークのときヒラメキました)

・共感覚、LUBの基本的な考え方がよくわかりました

・内部表現の書き換え⇒「介入する」観えてきました。また相応のパワーがいることもわかりました

・今後の自分の活動にどういかしていくか、具体的になってきて「がんばるぞ!」とさらに思えてきました

・濃い内容でした。最後に「夢」で〆たのが、期待感、ふみのコーチらしくってイイな思います。

(引用終了)



第2期のご感想:テーマ『包摂半順序束とゴール現実化身体』
(引用開始)

・今回も理論・実践が上手く交わってつながっていた

・目的が明確で、苫米地式の考え方を、本以外の視点から補足してくれた

・ますます苫米地式が、体に染みついたように体感できた

・前屈の改善にはおどろきました(生まれつき相当かたいので)

・頭でっかちになっていた理論の理解が、ワークを実践することで体感を通した理解につなげられたところがよかったです

・身体的には自分自身がどこが緊張しているのか、緩んでいるのかに気づけました。また体が軽くなった感じもあります

・精神的にはイメージとして縮まっていた心が大きく膨らんだ感覚があります

・今まで理解していた気がしていたことが、実はより広く、深く、裏があることを知れました。またそれが体を通してわかるということが素晴らしいと感動しました

(引用終了)


第3期のご感想:テーマ『アルゴリズムの俯瞰と構築』
(引用開始)

・IQの意味必要性が明確に理解できた

・子供のころ感じた集中している感覚が味わえた(なつかしい感覚)

・ワークで上手にフィードバックをとることができた

・気づいたら疲労が完全に回復していた

・なぜか老眼が減少している

・アジュナチャクラの後頭部への移動が難しい⇒練習します

・IQを高めるとはどういうことなのかを、理論を学び、また体感を通して身に付けられたとこがよかったです

・身体的変化は、体中の筋肉がほぐれた感覚があります

・精神的変化は、視野が広がり余裕が生まれてきた感覚があります

・理論は難解だなと感じますが、そのおかげで抽象度がグンとあがったと思います。ありがとうございました

(引用終了)


第4期のご感想:テーマ『一人一宇宙からのぞく空観・中観・仮観』
(引用開始)

・苫米地理論の宇宙観について整理がついたのが最大の収穫

・人間関係=フィードバック次第=観察→これ重要でした

・自分はこれまで気を出し過ぎていたことに気づきました

・身体はリラックスできた

・1~3期までのまとめのイメージできた

・気功体感でき、それがどう人間関係に使えるのかが理解できた

・中観とはゴール設定であることがよくわかった

・円融三諦とコーチングのつながりがわかった

・ワークやレクチャーの裏にたくさんの知識があることが伝わってきた

・明確な理論→ワークの順番が良かったです

・僕の好きな物理学や仏教の話が聞けて良かったです

・日々の生活で活用できそうな知識を得ることができました

・いろいろ印象に残った言葉はあったのですが、「聖なるものを犬にやるな。また豚に真珠を与えるな。彼らはそれを足で踏みつけ、向き直ってあなたがたにかみついてくるであろう」は、その通りだなあと思いました

・非常に面白かったです

・特に人間関係の会に参加できて嬉しかったです

(引用終了)


今年ももうすでに半分終わっており、早い人はどんどん成果を出しています!

しかし今年はまだ終わったわけではありません。

まだまだ先があるのなら、もっと先へ進みましょう!

気付いたときが、スタートのタイミングです。

それでは、ご参加お待ちしています!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


長らく、お待たせしました!

第8期マインドアーキテクト養成スクールの募集を開始します!

先月の第7期マインドアーキテクト養成スクールでは、これまでのどのスクールよりも密度が濃く、そして秘匿性の高い理論と技術を扱いました。

第7期の内容は、恐らく今後よほどのパラダイムシフトがなければ、行うことはないでしょう。

それくらい強烈な講座でした。

大きな力には、大きな責任が伴うものです。


さて、第7期まで順当に進め、回を追うごとにドンドンレベルアップしているマインドアーキテクト養成スクールですが、今回は一転さらに遠くへ飛翔するために、徹底的な底上げを行いたいと思います!

これまで第1期から第6期までの高度な理論と高度な技術を、さらにブラッシュアップし、それを踏まえながら、一気通貫して、さらにより深く、ガシガシ身体に刻み込んでいきたいと思います!

名付けるなら、書き換えブートキャンプです!

そして今回は初の2日連続開催です!

bootcamp
@こちらは懐かしきビリーズ・ブートキャンプ


マインドアーキテクト養成スクールで扱っている技術は、非常に優れた書き換え技術でありますが、所詮どこまでいってもただのツールです。

ツールはゴールがあって意味をなし、ツールには当然上手い下手の概念が存在します。

つまりそれは使って使って使って使って使い倒して、初めて上手くなるということです!

しかも、この場に揃うのは、勤勉でレベルの高い人たちなので、成長スピードも圧倒的です!

場の共有とは、恐ろしく、誰かが出来るようになると、途端に横の人もできるようになります!

そうして生まれる成長のスパイラルは、留まることを知りません!


言わずもがな、今回の書き換えブートキャンプでは、これまでのスクールで扱った技術を徹底的にワークワークワークワークで、エッジの効いた技術にすることが目的です!

もちろんですが、さくっとこれまでの理論の風景はお伝えしますし、ワークの方ではこれまでのスクールでも公開しなかったことをやろうと思います!

あれだけ濃く、1日かけて仕上げた内容に、さらに詰め込んで、さらに凝縮するとどうなるのでしょうか?

自分でも想像できません!

ただ、凄いことになることだけは間違いありません!

今から、どのような変化が生まれるか楽しみです!


以下、詳細
第8期マインドアーキテクト養成スクール『書き換えブートキャンプ』
日程:2015年8月1日(土)‐第1期~第3期
 2015年8月2日(日)‐第4期~第6期

時間:13:30~17:30
(質疑応答、休憩等込み)
(セミナー開始および終了時刻前後あり)

場所:東京都内某所
 (参加者様に個別でお知らせします)

募集人数:最大8名様
(定員に達し次第、終了とさせていただきます)

料金:各日程通常⇒180,000円(税込)
     メルマガ読者、早期割引⇒120,000円 (税込)

  両日参加通常 ⇒ 360,000円(税込)
         メルマガ読者、早期割引⇒ 220,000円 (税込)

早期割引は7月20日(月祝)23:59:59 まで
※分割支払6回までOK

申込み期限:2015年7月26日(日)23:59:59 まで

参加条件:過去にコーチン理論実装スクールへ参加されたことがある方
       過去はじめての書き換えへ参加されたことがある方
       ないしはそれに参加に準ずる方

お申込み:こちらのメールフォームから

質問等:こちらのメールフォームから

※マインドアーキテクト養成スクールとは何ぞやという方へ
・苫米地式コーチング、ないしはその背景に潜む苫米地理論の深淵を学び、社会に機能を果たす人向けの講座です。

・書籍では学べない、他所が教えない、体感がわかりにくいところもカッチリとした理論とワークの両輪で学んでいく講座です。


技術的に悪用厳禁なのはもちろんのこと、この講座はきちんと自己責任が取れる方だけお越しください。

もし万が一、悪意を感じた場合、文野の判断で参加をお断りする場合がありますことも事前にご了承ください。

なお、コーチング理論実装スクールは、分割支払いにも対応しています!


第1期のご感想:テーマ『内部表現と共感覚』
(引用開始)

・苫米地式コーチングの原則的な考え方は、頭では理解していたが、対面での講義にてより深く理解できた

・ゴールに変化がありました(夢の封入ワークのときヒラメキました)

・共感覚、LUBの基本的な考え方がよくわかりました

・内部表現の書き換え⇒「介入する」観えてきました。また相応のパワーがいることもわかりました

・今後の自分の活動にどういかしていくか、具体的になってきて「がんばるぞ!」とさらに思えてきました

・濃い内容でした。最後に「夢」で〆たのが、期待感、ふみのコーチらしくってイイな思います。

(引用終了)



第2期のご感想:テーマ『包摂半順序束とゴール現実化身体』
(引用開始)

・今回も理論・実践が上手く交わってつながっていた

・目的が明確で、苫米地式の考え方を、本以外の視点から補足してくれた

・ますます苫米地式が、体に染みついたように体感できた

・前屈の改善にはおどろきました(生まれつき相当かたいので)

・頭でっかちになっていた理論の理解が、ワークを実践することで体感を通した理解につなげられたところがよかったです

・身体的には自分自身がどこが緊張しているのか、緩んでいるのかに気づけました。また体が軽くなった感じもあります

・精神的にはイメージとして縮まっていた心が大きく膨らんだ感覚があります

・今まで理解していた気がしていたことが、実はより広く、深く、裏があることを知れました。またそれが体を通してわかるということが素晴らしいと感動しました

(引用終了)


第3期のご感想:テーマ『アルゴリズムの俯瞰と構築』
(引用開始)

・IQの意味必要性が明確に理解できた

・子供のころ感じた集中している感覚が味わえた(なつかしい感覚)

・ワークで上手にフィードバックをとることができた

・気づいたら疲労が完全に回復していた

・なぜか老眼が減少している

・アジュナチャクラの後頭部への移動が難しい⇒練習します

・IQを高めるとはどういうことなのかを、理論を学び、また体感を通して身に付けられたとこがよかったです

・身体的変化は、体中の筋肉がほぐれた感覚があります

・精神的変化は、視野が広がり余裕が生まれてきた感覚があります

・理論は難解だなと感じますが、そのおかげで抽象度がグンとあがったと思います。ありがとうございました

(引用終了)


第4期のご感想:テーマ『一人一宇宙からのぞく空観・中観・仮観』
(引用開始)

・苫米地理論の宇宙観について整理がついたのが最大の収穫

・人間関係=フィードバック次第=観察→これ重要でした

・自分はこれまで気を出し過ぎていたことに気づきました

・身体はリラックスできた

・1~3期までのまとめのイメージできた

・気功体感でき、それがどう人間関係に使えるのかが理解できた

・中観とはゴール設定であることがよくわかった

・円融三諦とコーチングのつながりがわかった

・ワークやレクチャーの裏にたくさんの知識があることが伝わってきた

・明確な理論→ワークの順番が良かったです

・僕の好きな物理学や仏教の話が聞けて良かったです

・日々の生活で活用できそうな知識を得ることができました

・いろいろ印象に残った言葉はあったのですが、「聖なるものを犬にやるな。また豚に真珠を与えるな。彼らはそれを足で踏みつけ、向き直ってあなたがたにかみついてくるであろう」は、その通りだなあと思いました

・非常に面白かったです

・特に人間関係の会に参加できて嬉しかったです

(引用終了)


今年ももうすでに半分終わっており、早い人はどんどん成果を出しています!

しかし今年はまだ終わったわけではありません。

まだまだ先があるのなら、もっと先へ進みましょう!

気付いたときが、スタートのタイミングです。

それでは、ご参加お待ちしています!


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


気持ちいいことをやってみようというと、生真面目な私たちは脊椎反射的に、それをブロックしようとしてします。

なぜなら気持ち良くなるということに、私たちはおこがましさのようなものを感じているからです。

これももしかしたら古き日本の謙遜アルゴリズムが働いているからかもしれません。

謙遜アルゴリズムからすれば、自分が気持ちよくなるなんてもってのほかです。

もっといえば、まずは自分でなく他人を気持ち良くなってからという、とても清らかな心から来るものです。


『気持ちいい』という体感は、人間にとっての麻薬です。

私たちの行動の源泉は感情から始まるということもそうですが、最後の善し悪しは『気持ちいい』という体感が決めています。

お酒もタバコも私たちが容易にやめることができないのは、気持ち良さを容易に絶てるものではないからです。

実際麻薬中毒者は、その快楽状態を忘れることが出来ません。

温泉も、美味しい食事も、自分へのご褒美も、全て気持ち良さが伴います。

この気持ち良さが忘れられず、物理空間にこびり付き、抽象度が上がらないことも往々です。


そういったことも踏まえ、何故あえて気持ち良さを求める必要があるでしょう?

逆説的ですが、この問いの答えは抽象度の階段を上るためです。

私たちが抽象度の階段を上れない理由は、たいてい現状に強く結び付けられているからです。

もっといえば、現状の内側の欲求を、とても強烈に求めて気持ち良さを得ようとしてしまうからです。

しかし、一度その欲求を満たしてしまうと、もちろん時間差はありますが、一度そこから離れて観ることが可能です!

そうなると、冷静に現状を止観することができるでしょう。

また、徹底的に満たすことができるようになると、意外ともういいとなる場合もあり得ます。


これらの言い方を変えると、私たちは臨場感の強いものにリアリティーを感じており、そこからゴール側のリアリティーを感じてシフトしていくということです。

肝心なリアリティーが掴めなくては、元も子もありません。


ここでもうひとつ、自分が本当に気持ちいいという体感を知らねば、ゴール側へ貼り付けることが不可能です。

中途半端な気持ち良さでは、現状の鎖を引きちぎることは難しいと思われます。


そしてもちろん、気持ち良さを知らなければ、ゴール側にその気持ち良さを貼り付けることができないこともそうですが、何より他人へ伝染することもありません

エフィカシーやあくびが伝染するように、気持ち良さも他人に伝染します!

そして私たちが目指す最終形態である、一番幸福度の高い社会的情動へも行きつけません。

なぜなら、そこに必ず人が入って来るからです。


そういう意味で、自分から他人への気持ち良さのシフトは、シャンパンタワーのようなイメージです。


@シャンパンタワー


上のグラスがシャンパンで満ちなければ、下のグラスが満ちることがありません。

上のグラスがシャンパンで満ちれば、下のグラスが満ちるでしょう。

社会を変えていくには、まず自分が気持ち良くなることが必要です!


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