苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:アラン・チューリング

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


私たちは、すでにアプリオリのない世界を生きているだけでなく、不確定性と不完全性が支配する、神も予測できない世界をいきています。

もちろん世界がアプリオリでないのなら、自分もアプリオリではありません。

つまりあくまでも自分も世界も何にでないということがわかったにすぎないということです。


コーチングの素晴らしい点のひとつは、まさに逆転の発想ですが、この事実に対して「自分たちが何にでもないのなら、何にでもなれるじゃん!」と痛烈なカウンターを決めたことです!

それはつまるところのゴール設定です。

ゴールによって、無作為なカオスのなかから、ほしい結晶を取り出すということです。



という前提の上で、大変興味深いコメントをブログで頂戴したので、シェアします!

(引用開始)

じゃあ、俺ブラック企業はいっとったことあって今でも愚痴ってまうけどそれもやっといてよかったってことやね。

(引用終了)


コメントのあった問題のブログはこちらから!


さて、まず前提として私の過去の掲載記事である『結局最後はやってみるまでわからない』ですが、このブログ記事の主張はまさにタイトルそのものです。


その骨子を取り出せば以下の3つに収束できます。

・ひとの脳は2進数の計算機である

・計算機において、その計算が終了するかどうかは事前に知ることができないことは証明されている

・よって、私たちは行動も全て脳の2進数の計算だから、実際に演算してみなければ解を得ることはできない


コンピュータそのものもは2進数で動いていますが、なぜ2進数かというと電源のONとOFFに対応しているからです。

そして私たちの脳も、ミクロでみれば約1000億個からなる神経細胞の塊ですが、これらはひとつひとつの神経細胞は「興奮している」か「興奮していない」かの2択であり、2進数での複雑なやり取りです。


なので、実際に計算論的神経科学(Computational Nuroscience)という学問はすでに存在し、理研も熱心に研究しています。


そしてもうひとつ大前提となるのが、この世の物事は2進数で全て表現できるということです。

これはゴットフリート・ライプニッツが17世紀にすでに証明しています。

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@ゴッドフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ


ここで脳と計算機は同じものであるという担保が取れました!

そして全ての事象が計算機の上に乗せて議論することが可能です。


次に計算機の計算がいつ終了するかどうかわからないというのは、専門的には「計算不能性」という言葉で表現されるものです。

証明したのは昨年の映画『イミテーション・ゲーム』にもなって放映されたアラン・チューリングです!

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@久しぶりにブログにて登場!アラン・チューリング


ダウンロード
@ベネディクト・カンバーバッチが演じるアラン・チューリング


彼が証明した計算不能性の風景とは、おバカな犬と賢い犬を見分けることができる犬が仮に存在する場合、「ではその実際に判別している犬はそもそも賢いの?」という疑問からスタートします。

自己言及ですね。


それを証明する方法は極めてシンプルで、おバカな犬と賢い犬を判別できる同じ犬をもう一匹用意して、実際に判別している犬を確かめるというものです。


結論はご存知の通りできません。

論理破綻が途中で起きてしまいます。


つまり、計算が終了するかどうかを事前に判断することはできない。

すなわち、実際に計算してみるまで計算が終わるかどうかわからないということです!


ちなみに余談ですが、過去マインドアーキテクト実装スクールで、このアラン・チューリングの計算不能性の証明をカントールの対角線論法を用いて、鮮やかに証明しましたが、講座全体の空気が凍りついたのは良い思い出です!ww


最後は上記2つの証明の結合です。

三段論法のような感じです。


人間の脳も計算機なら、同様に計算不能性の支配を受けるということです。

そして計算機としての脳も、コンピュータの計算機と同様、その演算には必ずゴールが存在します。

ちなみに、パソコンで良く聞くフリーズという現象はまさにこの計算が無限ループにハマり、終わらなかったときのことです。

計算が終了しないから次のステップに行かない、つまり画面の上ではまさに画面が凍ったように動かないというわけです。


ようやく本題のコメントへの返信となるわけですが、ブラック企業に勤めていて辛かった経験がこれからどうなるかは、ゴールが決めるということです。


ゴールがなければ、厳密にいえばゴールが現状に留まることなるので、今までの通りついつい愚痴ってしまう辛い記憶のままです。

私も新卒で勤めた会社を、ブラック企業、上司の人間関係等でうつまでに追い込まれ、9か月で退職していますが、それは今のコーチなったという結果からいえば、必要だった経験だと感じています。

なぜなら、そのおかげで例えばうつで苦しむひとの絶望が理解できるからです。


間違いなく、コーチというゴールを持たず、別のゴールを持っていた場合、同じように肯定できたかというとそうではないでしょう。

「あのクソッタレ企業」と内心ずっと思っていたかもしれません。



最後に、コーチングはポジティブ思考MAXの精神論ではありません。

再現性のある科学です。


なので少なくとも計算機科学の前提の上、ゴールを設定し、それが本当に達成できるかどうかは時間が経って見ないとわからないということです。

そこに絶対的に存在する明確な根拠はありません。

仮にあっても、それはただの錯覚かもしれません。

仮になくても、うっかり上手くいってしまうかもしれません。


それを「事前に判別することができない」ということが、計算機科学的にわかったにすぎません。


ただ確実にいえることがあれば、何が起こるかわからない真っ暗闇の世界に放り投げだされたなかで、真っ暗闇のどこに向かって進むかを決める自由が私たちにあるだけです。


アントニオ猪木的にいえば、「迷わず行けよ、行けばわかるさ」です。

私たちは、高々選ぶことくらいしか出来ないということです!



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@迷わず行けよ、行けばわかるさ


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


毎度参加者全員が満足度100%で帰っていく、大好評の
マインドアーキテクト養成スクールですが、大阪で第2期の早期割引が本日で終了です!

第2期マインドアーキテクト養成スクールの詳細および参加申し込みはこちらから!


世界で活躍する人には、『身体が出来ていること』という共通点があることを知っていますか?

なぜなら物理と情報は同じものだからです!


そして、身体とは最も抽象度低い物理空間にあるものなので、非常にわかりやすく楽しいことが特徴です!

前屈ができるようになったり、手首がグニャッと曲がるようになったりするのは朝飯前です!


ちなみにですが、アラン・チューリングも実はオリンピックに出場できるくらいのマラソン選手でした! 

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 @16歳でアインシュタインの論文を読破してしまったアラン・チューリング



第2期のご感想:テーマ『包摂半順序束とゴール現実化身体』
(引用開始)

・今回も理論・実践が上手く交わってつながっていた

・目的が明確で、苫米地式の考え方を、本以外の視点から補足してくれた

・ますます苫米地式が、体に染みついたように体感できた

・前屈の改善にはおどろきました(生まれつき相当かたいので)

・頭でっかちになっていた理論の理解が、ワークを実践することで体感を通した理解につなげられたところがよかったです

・身体的には自分自身がどこが緊張しているのか、緩んでいるのかに気づけました。また体が軽くなった感じもあります

・精神的にはイメージとして縮まっていた心が大きく膨らんだ感覚があります

・今まで理解していた気がしていたことが、実はより広く、深く、裏があることを知れました。またそれが体を通してわかるということが素晴らしいと感動しました

(引用終了)


第2期は身体がテーマです!

ゴールを現実化させるための身体づくりです!

このスクールを終えた私たちは、ゴール達成は実は簡単で、むしろ難しいのは、ゴールの設定の
方だということに気づいているでしょう。

大阪でお会いできることを楽しみにしています。
 

参加される予定の方は、ご期待ください!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


今日はイミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密を観てきました!!

私のブログでは御用達のアラン・チューリングの伝記映画です!

いや、ホントおもしかった!

彼の歴史とか生涯を知っていると、もっと楽しめる映画だと思います!!

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@ブログ御用達のアラン・チューリング


ちなみにチューリングテストとは、人工知能と人間を見分けるためのテストで、これもその名の通りチューリングが考案したものですが、イミテーション・ゲームとはまさにこのチューリングテストのことだったのですね!

知らなかった!



@イミテーション・ゲームの予告編


ネタバレにならない程度に、この興奮に任せてブログを綴ります!
映画の評論的なことはやったことがないのであれですが、Want-toなのでやっちゃいます!

彼は16歳のころに、アインシュタインの論文を理解しちゃうような大天才なのですが、過ぎたるは及ばざるが如しのことわざ通り、やはり天才というものは、中々他人に理解されません。

話の主軸は、当時絶対に破ることができなかったドイツ軍の暗号エニグマの解読に取り組むものです。

ちなみに、エニグマを解読するためには15京くらいのパターンを試さないといけないらしいのですが、人間の計算量ではとてもじゃないけど太刀打ちできない状態で、計算機、つまり今のコンピュータの原型となるマシンを創造します。

当時はコンピューターというものがない時代のお話ですから、彼が如何に先験的でそして特殊な人間だったかを想像させます!

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@ベネディクト・カンバーバッチ演じるアラン・チューリング


もちろん暗号は解読されて、結果的に彼は2000万人以上の人命を救い、2年も戦争終結を早め、イギリスを勝利に導く大英雄のはずでしたが、エニグマ解読は最上級の極秘事項なので、一切世間には公表されておらず誰もその功績を知りません。

それが当時は犯罪である彼のある秘密によって警察に捕まり、その事情聴取で、エニグマ解読のことが知れますが、それがチューリングテストにちなんだ演出で、ホントにくかったです!!

イミテーション・ゲームのタイトルもそうですし、彼の自身の数奇な運命がきちん描かれた非常にいい映画だと思います!

『時に想像し得ない人物が、時に偉業を成し遂げる』とは、作中で登場する印象的なセリフですが、非常にエフィカシーの高い発言です!

ぜひアファメーションとしても使ってほしいセリフだと思います!

ミーハーかというツッコミはおいといて、チューリングファンはぜひ観てほしい素晴らしい映画でした!


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


私たちの頭のなかでは、常に演算が行われています。

もちろん演算する目的は、次の行動の礎となる整合的なものを作ることです。
言うまでもなく、演算によって無秩序なものができれば、それはただのリソースの無駄遣いとなってしまいます。
言い換えれば貴重な生命時間の浪費です。


演算の目的が整合的な物を作ることであるならば、きちんと成果物は意味のある整合的なものであるだろうと私たちは安易に考えます。

意味のあるとは、何かしらの意味があるというものから、ゴールを達成するために意味にあるというものまで、無限のパターンが考えられます。

これをよりゴール達成するために意味のある演算結果とするためには、いうまでもなく臨場感がキーワードとなりますが、どんなに意味のある整合的なアウトプットでも、そこには必ずランダム性が隠れています。


そんなランダム性が必ず混じることを、ランダム性の定義も踏まえ行ったのは、私たちのよく知るチャイティンです。

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@セクシーなグレゴリー・J・チャイティン


(引用開始)

手短にいうと、ゲーデルは不完全性を、チューリングは計算不能性を、そして私はランダム性を発見しました。

(引用終了)知の限界 p.3



彼のアルゴリズム的情報理論における結論をざっくり伝えるならば、2進数で書かれた情報を圧縮すると、必ずそれ以上圧縮することは出来ない要素が生じるというものです。

例えば、以下のふたつの0と1の並びを見比べます。

10101010101010101010

11010001110100011010


前者はいうまでもなく、10の10回の繰り返しという形で言い換えることが可能です。
しかし、後者はそれができません。
いうなれば、コイントスのような無作為で不規則な並びです。
このように自身よりも短い数列に置き換えることができないものを、圧縮不可能性と定義します。

ここでさらに彼の言葉を引用します。

(引用開始)

私は、神が、物理学ばかりでなく、純粋数学においても、自然数論においてさえ、サイコロを振ることを証明しました。

(引用終了)



『物理学ばかりではなく』というのは、もちろんハイゼンベルグの不確定性原理を意味します。

『サイコロを振る』というのは、もちろんアインシュタインのコペンハーゲン解釈への反論を意味します。

仮に世界が完全で、アプリオリがあるのであれば、圧縮不可能性は存在しません。
なぜなら、その公理系に従って、必ず圧縮ができるからです。

ゲーデル、チューリング、チャイティンたちは、私たちの演算は明らかに不完全で、未熟であることを教えてくれます。

それは私たちの演算が使い物にはならないから捨てろという意味ではありません。
というより、捨ててしまえば、そこで人生は終了です。

そんな役に立たない、粗末な道具を、如何に上手に使うかが争点です。
むしろ思考とは私たちが持てる一番重要な武器です。

その風景はブレーズ・パスカルの言葉を借りれば、『理性の最後の一歩は、理性を超える事物が無限にあると認めること』ということでしょう。

その境地に達して観える風景がありそうです。

私たちは抽象度をあげ続けることが重要です。

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※全てはゴールを達成するために!


 

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


得手不得手という言葉があるように、誰しも何かしら得意なものと不得意なものがあるものです。
それは別に何でもよく、自分が他の技能より難なく出来るものであれば、より深い知識をしっていれば、それは明らかに得意なものです。

得意なものは一見とてもいいものであるように映ります。
とういうより実際そうです。

しかし、さらにその先の深淵を覗きたいのなら、得意なものは得意であることさえも一度忘れてしまった方が得策です。
言葉としては「抜く」とか「燃やす」という言葉がベストでしょう。


なぜ抜くかといえば、そこには必ずスコトーマがあるからです。
スコトーマは人間の認知上仕方なのないもので、完全に取り除くことはできません。
コーチングの元祖であるルータイスもそれを認めてます。
いうなれば、今自分が得意なものが更なる可能性を止めているということです。

何かが観えたら何かが観えなくなる、それがスコトーマの機能です。
『スコトーマを外す』という言葉は字面以上に、繊細で複雑です。
その言葉の裏の情報場にアクセスできないのだとすれば、それは単に自分の眼が悪いからです。


スコトーマとは何故生まれるかを辿っていくと、得意なものを抜くことのその意味が浮き彫りになってきます。
それは知識のあるところにスコトーマが生まれるからでした。
つまり、知識をなくせば当然スコトーマはなくなります。
しかしスコトーマはなくなりますが、知らないものは認識できない脳の性質からいえば、そもそも意識の上にあがることすらなくなります。


得意なものを抜くことは、自分の優位さを放棄することです。
ある意味丸裸になることと同じです。
それをもう一度n^5のオーダーの計算を行って、もう一度同じ場所にいこうとするのは正気の沙汰ではありません。
もっと言えば簡単にn^5のオーダーの計算といいますが、そもそもその計算が終わるかどうかもわかりません。
これはチューリングが証明したことです。

しかしもっと先へ行きたいのなら、それは当然されるべきことです。
今のままでは、どの道どこかで必ず頭打ちを迎えます。
だからパラダイムシフトを起こせた人間が歴史に残るのです。


現状の外側とはいつも可能性に満ち溢れていますが、そこにいくには例外なく私たちに命がけの跳躍を求めます。
だから私たちにはゴールが必要です。
そこに飛び込むべきかどうかでさえ、ゴールがなければわからないからです。

視点を変えなければ観えない風景はたくさんあります。
最後はそれを観たいかどうかです。

絶望に希望はつきものです。

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