苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

タグ:アベノミクス

『洗脳原論』

本書はオウム真理教信者への脱洗脳を背景とした、洗脳の本質とその理論的背景、そしてその脅威に迫ったドクターの処女作である。

オウム真理教という歴史的にも類を見ないカルト教団の脱洗脳の現場に当たり、その一部始終を納めた大変希少な著書である。
本書の出版を通じて、名実ともにドクターは脱洗脳の第一人者となった。

ドクターが脱洗脳の第一人者であると、何を持って証明するかは、根拠が多々あり、迷うところであるが、この場では少なくとも洗脳という技術が開発された目的は、相手を意のままに操作することであるという立場を取る。

つまり、時間的、経済的コストをかけてせっかく洗脳したものを、わざわざ脱洗脳しようとは考えないということである。
洗脳とは本来、未来永劫その洗脳状態が続くことを要請するものである。


さて、一般的に洗脳とは『強制力を用いて、ある人の思想や主義を根本的に変えさせ、特定の思想や主義を持つように仕向けること』と認識されている。

しかし、洗脳というものを考察するにあたって、この理解は不十分である。

なぜなら、強制力を持ちいらずとも、洗脳は十分可能だからである。
例えば、情報遮断がそれにあたる。

現在日本経済において、アベノミクスが素晴らしいと政治家を初め、マスメディアがその情報一色だけを配信しているが、これも情報遮断の一例である。


これはよくニュース等で頻繁にすり込まれた、『株価 = 経済指標』という洗脳による結果である。
確かに実体経済が成長することにより、株価上昇が起こることは事実だが、逆はこの限りではない。

なぜなら株価は資金さえ投入すれば、いくらでもつり上げることが可能だからである。


また、TPPに関しても同様である。

TPPは平成の開国であると、また日本にとって経済的メリットが非常に大きいと、政府、マスメディアともに賛成一色の情報を流すが、実際は我々の所得や生活をアメリカに差し出す政策である。

TPP締結により、秘匿されていた条文が公開されたが、内容があまりにも酷い。

興味がある方が、以下のドクターの解説動画を参照されたい。



@東京MXにおけるドクターのTPP解説動画


話題の中心を洗脳に戻す。

我々が洗脳という言葉を聞いたとき、どこか血生臭く、遠い過去の悲劇的な事実、今の自分たちとは無縁なものであるという感覚を持つが、上記からも推測できるように極めて身近な概念である。

そして、もちろん強制力を用いて人を洗脳することも洗脳である。

洗脳はどちらの場合であっても、我々の認知プロセスと密接に関わっていることは明白である。

そのため、洗脳という言葉をひとことで定義することは非常に難しい。

また、洗脳の一番厄介な点は、本人は一切洗脳されたと自覚していないことである。
『あなたは洗脳されている』と言われれば、猛反発することは眼に見えている。


洗脳というものを考えるにあたって、きちんと定義することが必要だが、この洗脳という行為自体が捉えきれず、困難である。

そこで洗脳の定義を、まず洗脳の歴史と認知科学的な観点から考えたい。


冒頭に少し戻るが、洗脳が持つ機能とは、個人の思想や主義が別の思想や主義にいつの間にか置き換えられることである。

我々の認知は、毎秒約1100万ビットの情報から、有益な数ビットの情報を取り出すために、RASがフィルターの機能を果たすが、このときフィルタリングする基準となるのが、過去の情動の伴った記憶と経験である。

誤解を恐れずにいえば、我々の思想や主義の正体は、この過去の記憶と経験である。

また、このときRASというフィルターから弾かれた情報が何処にいくのかといえば、それも過去の記憶として貯蔵される。

そしてそれらの情報は、再び次に獲得する情報群から有益な情報を取り出すための、RASのフィルタリング基準として採用される。

RASの機能からも十分想像がつくが、一番オーソドックスな洗脳方法とは、この情報遮断である。
なぜなら、洗脳者とって都合のよい情報だけを配信し、獲得させ続ければいいからである。


余談だが、日本の場合、この仕組みを支えるのが記者クラブの存在である。
記者クラブとは、公的機関や業界団体などの各組織を継続取材を目的とするために大手メディアが中心となって構成されている任意組織である。

大手メディアが報道する情報は、基本記者クラブを通して獲得することなるので、基本どのメディアも横並びとなり、同じスクープを出す。

当然、この記者クラブを押さえることができれば、日本の世論は半分獲得したことになる。
なぜなら、発信すべき情報とそうでない情報を分けることができ、情報遮断を促す環境が出来上がるためである。


また、この情報遮断とは、歴史上最も古い洗脳手法であるといわれている。
かつて旧中国共産党が、朝鮮戦争時の捕虜米兵に対して共産主義を信じることをせまった行為も、この情報遮断である。
つまり、米兵に共産党が如何に素晴らしいかという情報を延々と説き続け、そしてダブルスパイとして活用しようとした。

なお、この情報遮断はより若い人ほど、効果的な方法である。
なぜなら、若い人の方が、判断する根拠が少ないからだ。

より少ないコストで判断基準を上書き出来ることもそうだが、何より今後獲得した情報を用いて人格が形成され、未来永劫その判断基準を用いて生きてくれることになることである。

これは赤ん坊を日本で育てれば日本人になり、アメリカで育てればアメリカ人になることと本質的に同じである。


もちろんこの方法論でも十分洗脳効果はあるが、大人になってからだと洗脳時間が短いという欠点もあり、それを克服するために開発されたのが、サイキック・ドライビングである。

サイキック・ドライビングとは、CIAが首謀したMKウルトラ計画において開発された洗脳手法である。
 
なお、MKウルトラ計画とは、洗脳実験のコードネームであり、そのときの記録は殆ど破棄されているため、現在においても実験の全貌を解明することは困難である。

これが我々が一般的に連想する洗脳のイメージに最も近い。

つまり、肉体的、精神的に多大な苦痛を与え続け、自我を崩壊させたところに、洗脳者とって必要な情報を書き込む洗脳手段である。

自我とはゲシュタルトであり、様々な要素が複合的に絡み合っている。
一度ゲシュタルトが崩壊しても、脳は機能として再びゲシュタルトを再統合しようとする。

このときに不純物が混入しても、本人は一切気付かない。
そして自我の中に不純物が取り込まれるので、基本洗脳効果は永続する。
すなわち別人になる。

また、徹底的な苦痛を与えると、なぜ自我が崩壊するかいえば、私は一種の防衛本能であると考えている。
多大に押し寄せる苦痛という情報に対し、それらを緩和するために、一度自我を破壊して心身を護ろうとしているのだと思う。


サイキック・ドライビングについてのより詳細な情報は、ハービー・M・ワインスタイン著『CIA洗脳実験室~父は人体実験の犠牲になった~』を参照されたい。

あまりにも酷たらしい仕打ちの数々に、この場での引用は控える。

これはあくまで本書を読んだ個人的な感想であるが、人はなんと愚かな生き物かと、心底嫌気が指す。


そして、最後になるのがオウム真理教である。

オウムの用いた洗脳手法は、実はこのサイキック・ドライビングを踏襲した極めて近代的な洗脳手法である。

サイキック・ドライビングの弱点は、洗脳するために、膨大なコストをかける必要がある点である。
肉体的、精神的苦痛を与えることもそうだが、長時間誰にも見つからないところで監禁する必要もある。

サイキック・ドライビングを通じて、洗脳に必要なことは変性意識状態を作ることが必要だとわかっていたので、オウムはこの弱点を補うため、LSDなどの薬物を用いた。

LSDとはリゼルグ酸ジエチルアミド(独語:Lysergsäure Diäthylamid)の略で、覚醒剤のひとつとして現在禁止薬物に指定されている。

これを用いて被洗脳者を強制的に変性意識状態にし、そこに「修行するぞ」と連呼したテープを聴かせ続け、信者にしたてあげていった。

他にも、専用のヘッドギアを用い、脳の局所に電気的パルスを流して、記憶の操作も行った。 


これらの洗脳手法は、時代ともに目立った活動が出来ないことも事実だが、人間の持つ本来の認知の機能として、環境さえ整えば容易に人は洗脳されることを教えてくれる。

また、洗脳の歴史として、そこには必ず他者を洗脳することで、利益を甘受できるものが現れ、そこに当人の利益はない。

そのため洗脳とは、『当人の利益ではなく、第三者の利益になる、思想や主義の置き換え』と定義できる。


しかし、この定義でもカバーできないグレーゾーンが存在する。

それは教育である。

教育とは定義上、当人の利益となるように知識を増やしたり、技能を身につけさせたり、人間性を養ったりしつつ、その人が持つ能力を引き出そうとすることである。

そしてその教育を定めるのは国家である。

そのため、例えば我々は北朝鮮の行為を洗脳だと批判するが、彼らは国家の規定、ないしは憲法に則った紛れもない教育である。

私はその世代の人間ではないが、当時の富国強兵も教育にあたるだろう。


なお、コーチングのコンテキストで考えれば、コーチングも教育であり、十分洗脳の範疇に入る。

なぜなら、クライアントに必要なものを見せるために、スコトーマを外すが、逆向きにいえば、それ以外をスコトーマで隠すからである。

しかし、コーチングが究極的に我々が恐れる洗脳となり得ないのは、その利益が教祖などの第三者ではなく、クライアント本人の利益だからである。

もっといえば、ゴールはクライアントが定めるものであり、そのゴールに対してのみ機能するのがコーチである。

また、コーチは場合によって、クライアントの過去のトラウマやうつ病といった心の病とも闘わなければならない。

私個人の経験で言えば、それはむしろ脱洗脳に近い。
 
なぜなら、我々が気にするメンタルブロックとは、往々にして過去の嫌な記憶や経験を踏まえて最適化され、生まれたものだからである。

その最適化されたゲシュタルトを、他の要素と統合させ、新たな別のゲシュタルトに創り上げる。


最後になるが、洗脳されず、自分らしい人生を生きて行くにはどうすればいいのか、という普遍的な問いが残る。

現在は超情報化社会であり、意図しなくても、逆向きの意味での情報遮断を受けることもあり、洗脳というものがより身近に、より判断がしづらくなっている。

また、それらの情報もどこかで一元化されている可能性も否定できない。


それを踏まえ、自分らしく生きる方法を回答するならば、日々知識を蓄え、抽象度をあげることである。

我々は知らないものは認識できないこともそうだが、洗脳とは自分の現状のゲシュタルトと他の不純物を紐付けることよってなされる。

仮にその紐付けられたゲシュタルトを、もっと抽象度の高いところで他の知識と紐付け、そして大きなゲシュタルトにすることができれば、そのとき洗脳された意味付けは他の意味付けに変わる。

これは究極、空を悟ったひとに洗脳は効かないということと同じ論理である。

つまり、我々に出来ることは、日々抽象度をあげ続けることである。

それが自分らしい人生へとつながる。


ぜひ本書を手に取り、洗脳を看破する、圧倒的な抽象度と慧眼を獲得してほしい。

 












ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


とても残念なことですが、最近またスピリチュアルが世間では、活発化しているようです。

過去のブログでも救いを求めても救われない的な記事を書きましたが、世界がどんどん右傾化し、戦争のリスクが叫ばれると、私たちは往々にしてFight or Flight状態に突入します。

要するにIQも抽象度もガクッと下がった状態です。

そうなると、正しい判断が出来ません。

そんなIQの下がった状態の人間を騙すことは非常に容易です。

小さな子供に『赤ちゃんはどこから来るの?』と聞かれ、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくると大人が答えるようなイメージでしょうか?(違う

もっとイメージしやすい例をあげれば、突然言葉も文化も何もわからない諸外国でひとりおいてぼりをくらったところに、日本語が流暢に話せる東洋人に出会って強烈な親近感を覚えるケースです。

仮にその人が詐欺師でも、ホイホイそのひとの主張を鵜呑みするでしょう。


そういう意味でも、感情とは何かを抽象度の高いところからきちんと理論を理解して、現実でオペレーションをしていく術はとても重要なことだと思います。

もちろんもっと大きなことをしていくにも、自身のマインド設計という観点からも必須です。


少し話は変わりますが、またひとつ私が苫米地理論の深淵に近づいたのでコーチング理論実装スクールは、そろそろ募集に条件を付けていきます。

本当は6期目からは制約をつけようと思いましたが、期限が近いので見送りました。
7期目から制限付きの募集方法に切り替えます。

一見さんお断りの、非常に密度の濃い、クローズドな場です。
少数精鋭で今まで以上にガシガシやります。


さて、話を本題に戻します。

先の諸外国に置いてけぼりをくらった例ではありませんが、騙すことも軽度であるものの立派な洗脳です。

賢明な経済学者はアベノミクスを批判していたにも関わらず、メディアがアベノミクスを絶賛し、彼らの主張を意図的に無視した状態と情報遮断という意味では同じです。

そのおかげで12か月連続で、日本の消費支出は下がり続けています(ロイター通信)。

しかも株価つり上げに、私たちの年金資金が陰で投入されていた事実にも驚きです(こちらもロイターから)。

諸外国ならそろそろ暴動が起きそうな風景です。

そんな状態でも、怒りの声ひとつあげない私たちは、如何に都合よく彼らに教育されているのかなと驚きます。


といいつつも、抽象的に教育と洗脳を定義しようとすると、実際かなり難しいことに気づきます。

一応体裁として、第三者の利益につながるかどうか、当人利益になるかどうかで、教育と洗脳の線引きをしますが、何をもって自分か第三者かをいうかはアプリオリに決めれないものごとです。


実際進学塾等では、確かに有益な学びの場を提供していますが、1つのクラスに生徒を集めて、偏差値の高い大学にいくのはいいことだと刷り込んでいるのも、事実です。


ただここで解決の糸口となり得るのは、『本人が望んだかどうか』ということでしょう。

その本人が望んだかという基準さえ、自分の言葉ではなく親の言葉か社会の言葉かもしれないという可能性はもちろん否めません。

アプリオリがないから当然です。


この構図はコーチングにも当てはまります。

コーチングを受けに来る人は、悩みなり達成したいゴールなりが存在します。

内部表現の書き換えも、言ってしまえば技術自体は洗脳に他なりませんが、それが当人の利益であり、当人の心の底から達成したいゴールであれば、洗脳という定義にはならないという解釈です。

いうまでもなく私にも拒否権はあり、例えば人を殺したいというような、明らかにおかしな依頼はにっこり微笑みながら断ります。

私をおもっきり書き換えてくださいというのも、お断りです。

内部表現書き換えの技術の知れば知るほど、学べば学ぶほど、そんな無邪気なものでないことを悟ります。

また、この人はこうなったらいいのになというような淡い願いでさえ、ただの傲慢だと悟ります。

そこには、自分の腕を縛るような、高い倫理観と道徳観が必要です。

きちんと使えばもちろん有益であるものにかわりありません。


コーチングは、本当に自由になるための、そんなツールであることを、社会的にきちんと認知されることが今後必要であるとともに、それが出来るように知性や抽象度といった、情報空間での基礎体力が私たちには必要です。

そしてその背景にある、唯一アプリオリとなり得そうな基準こそが、『本当にそうなりたいか』、また『本当に当人の利益であるか』ということのように思います。


(引用開始) 新約聖書マタイの福音書第7章7節

求めよ、されば与えられん。

(引用終了)



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※夢は楽しく叶えましょう!心の底から望むものを!

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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


唯識の立場に立って考えるなら、私たちは死ぬまでずっと外部からの情報を受け取り蓄え続けていくそうです。
全て情報が阿頼耶識のなかに蓄えられたといえど、もちろんそれらが全て顕在化するわけではありません。
それら全ての中のごく一部が、末那識を生み出すとされています。

唯識
@Wikipediaより唯識の概念図


脳が実際阿頼耶識のように、生まれてから死ぬまでの全ての情報を蓄えているのかそれとも処分しているのかどうかは、なかなか深淵なる議論を呼ぶものです。
しかし閾下知覚然り、自我の形成然り、クリスタライズド・インテリジェンス然り、これらについて少しでも学んだことがあれば、全ての情報を脳が蓄えているとの前提に立つ方が整合的に捉えられると感じます。


もし私たちは生まれてから死ぬまでの情報を全て持っていると仮定したならば、なんの躊躇も迷いもなく、大いに学び続けるべきでしょう。
なぜなら知らないことよりも知っている方が、私たちを圧倒的に有利にしてくれるからです。

アベノミクスで景気が良くなると世間が謳っているときも、ただ官房機密費でメディアがコントロールさているだけだと知っていれば、経済成長率がマイナスであることに落胆することはありません。

消費税増税にて得た収益分が、被災地ではなく、官僚の給料に回っただけだと知っていれば、今後の10%への増税には明確に反対の立場を示せます。

こういった難しい話に限らず、オレオレ詐欺などの身近話題もそうでしょう。

もちろんここにはマインドの使い方も入ります。


『教育は確かに高くつく。だが、無知はもっと高くつく』といったのは、アメリカの政治家で100ドル紙幣にも描かれているベンジャミン・フランクリンでしたが、彼の主張はもっともです。

資本主義の中では、塾や予備校のように教育もビジネスの側面を持ちますが、何が消費で何が投資であるかはきちんと自分で決めていきたいものごとです。

無知であることは、金銭というわかりやすい形でなく、生命や自分らしい生き方など、今後ありとあらゆる無形の資本が自分から搾取されていくものです。
そう考えるとお金を払って済むとは、意外と取り返しのつくことのように感じます。

そして金銭がきちんと自分だけの資本に置き換わったなら、それは死ぬまで未来永劫使えるものになり得ます。

華僑の教えでも、時代が不安であればあるほど教育に金をかけろというものがあるそうです。
なぜならお金は奪われては終わりだが、一度頭に入った知識は死ぬまでなくならないからだそうです。

彼らは大陸越えて移動するので、様々なリスクを考慮した、自分の生命と直結した知識こそが最も大事であると考えます。
これはとても合理的な考えです。


知識はゲシュタルト構築に決して欠かすことのできない要素です。
もちろんその絶対量は、見方を変えればゲシュタルトメーカーに直結します。

この世のありとあらゆる商品は、誰かのゲシュタルト、つまりアイディアが形になったものです。

それは膨大な知識量がものをいいます。


この世の森羅万象全ての情報を得ることは不可能ですが、だからといって諦めるのはなく、学び続けることが大切です。


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ブログのご覧の皆さん、こんにちは!

マインド・アーキテクチャーの文野義明です。


今日はマインドとあまり関係ない経済のお話です。しかし先日もお金をテーマにした記事でも触れたように、身近な経済について考えることは、いい抽象思考訓練になります。

なので、たびたびお金や経済のテーマについても軽く触れていこうと思いますので、悪しからず。

私はマインドの専門家であり、経済の専門家ではないことを事前にご了承ください。


さて、第2次安倍内閣誕生から、約1年半くらいたつでしょうか?

世間では主にマスコミですが、アベノミクスという言葉で安倍首相らの経済政策を称賛し、今に至っています。

アベノミクスの正体は結局土建屋に仕事を発注する、これまでの自民党政治そのものです。

それがおしゃれなアベノミクスという言葉で、大々的に宣伝され、経済が良くなったと印象付けられているのは、皆さんもご存知の通りです。


そして、そんなアベノミクスですが、どうやらそろそろ終わりだと思っています。

正確にはこれまでの、なんちゃって好景気の演出をやめるという意味です。


それは何故か。大企業の株主総会が6月末で終わり、好景気の象徴たるアベノミクスの結果がひとつ残せるからです。

なので、これ以上無理な財政出動を続ける必要はありません。

エビデンスを残す理由は簡単で、自分たちは頑張ったというひとつの痕跡が残せると、例え中身がなくとも次の選挙を含め、彼らにとってとても有利に物事を運ぶことができます。


安倍首相は、これまで円安誘導を行うことによって、一部の大企業のみが見かけ儲かるプランを率先しました。

見かけという言葉を使うのは以下の理由からです。

日本はもう内需国ですから、国外への輸出が占めるGDPはそもそもそんなに高くないこと。

為替変動によって海外に支社を持つ企業の連結決算がすごく良く見えること。

他にも探せばいくつも出てくると思います。

 

自分で書いていて、あれですが、嫌な話ですね。

では不安定化する社会で我々は何をすべきか。マインドの専門家としてはこっちの方が重要です。

そしてそれはズバリ教育だと私は思います!この世で最も有益な投資は自分の教育だからです。

ユダヤ人も最も大事な投資先の1位に教育を上げています。


学は自分が死ぬまで決してなくならないこともそうですが、新しいイノベーションを起こすのも、世の中のウソを見抜くのも全て教育によってもたらされることです。

なので変な投資先に投資するよりかは、どんどん自分に投資してほしいと思います!


もし私の推測が正しいなら、7月以降から徐々に暗いニュースがマスコミからたくさん流れるでしょう。

しかし例えそんな状況でも、自分のエフィカシーは下げないでほしいと思います。

もっといえば、そんなときにこそ、きちんと自分に教育を施し、自分の可能性を発揮し、窮地を脱出していってくれることを願っています。 


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