『まずは親を超えなさい』

本書籍の内容の全体像は、TPIE(セルフコーチング)を題材にしたゴール達成の指南書である。

そのエッセンスは、騙されやすい脳の習性を利用して、未来の記憶を作り、自身のゴールを達成していくことに集約できる。

脳は毎秒約1100万ビットもの情報のなかから有益な数ビットの情報を取り出すために、非常に高度な演算を逐次繰り返している。

もちろんこのとき、大半の情報が不要な情報として処分されわけだが、それらは未来永劫にわたって綺麗にデリートされるわけではなく、意識が到達できない無意識の奥深くに貯蔵される。

その貯蔵された情報が、次に入ってくる情報群のなかから、有益である情報と、そうでない情報を切り分けることに再利用され、私たちのコンフォートゾーンの形成・強化が行われる。

無意識が物事を判断する価値基準を時間とともに作り出しているわけだが、それらをもっと身近な事例に落とし込むと、その最大の功労者は『親』であるというのが、本書の裏側にある背景である。

もちろん例外的に親戚や祖父母のもとで育ったという可能性もあるが、本質的には自分の価値基準を作る点において、長く共に生活した人の価値基準をトレースするという意味では同じである。

守秘義務があり、詳しく綴ることはできないが、確かに私がこれまで実際にコーチングをしていくなかで、ゴール側へ飛び出すことを妨げる根底に横たわる原因のひとつに、親の姿がうっすら浮かび上がってくることが少なくない。

それらは親の施した幼少のときの教育や、親自身の過去の経験、今現在も引きずっている縁起などである。

親は親として、自分の見聞きしたものや経験の中で、親なりの最適解が導かれ、そして子供に良くなってほしいという純真な願いが根底にあるため、余計に根が深い。

なぜなら、子供自身も親の気持ちをきちんと理解しているからだ。


親と子供は血縁関係にあるものの、全く違う時代と、全く違う環境で、全く違うパーソナリティーを形成した、全く異なる個人である。

それらを打開する詳しいコーチング理論についての解説は本書に譲るが、自分が親と全く異なる人生を、自分らしい人生を謳歌するために必要なことは、まさにタイトル通り、まずは親を超えることから始まるのである。


さて、以上の前提を踏まえたうえで考えると、自分が無意識下す判断や、物事を意思決定する価値基準が本当に自分できちんと培ったものであるかという点は、非常に悩ましい。

コーヒーにするか紅茶にするか程度のささいな選択ならば、あえて問題として取り上げる必要もないが、仕事・結婚・人間関係といった、自分の未来における選択全てにかかわって来るのだから深刻である。

私たちが親の価値基準で判断し、行動するのなら、寸分違わず私たちも親と同じような人生を選択することだろう。

また、もちろん親が最大の洗脳者だからといって、親にだけ注意を向けるのは早計である。

なぜなら、家族はひとつのコミュニティーであり、家族は社会、国家に包摂され、そこには文化、規範、宗教といったもっとクリティカルな価値基準が潜んでいるためである。

これだけのファクターがあるなかで、自分のもつ価値基準が、自分のものだけの価値基準だと主張する方が難しい。


そういった終わりのない堂々巡りの議論を続けるなかで、指針となり、必要性が明確に高まるのが自帰依である。

つまり、外からの要請で獲得した価値基準を一度すべて再評価し、そしてそれを自分の価値基準に置き換えていくことである。

きちんと自分を拠りどころにし、物事を判断することは、近代社会においてもっとも重要なテーマのひとつであるが、日本の社会ではあまり必要とされない概念である。

なぜなら私たちの民主主義はGHQにもたらされたものであり、国民が血を流して獲得したものではないからだ。

欧州のように革命を通じて民主主義を獲得していない以上、その必要性が文化のなかに埋め込まれていなくても何ら不思議ではない。


価値基準を自分にもってくることを考えたとき、それは言葉以上に難しい概念だと痛感するが、自分らしい人生を謳歌しようと立ち上がるとき、それはどうしても避けては通れない問題である。

そして私はコーチングを日々実践するなかで、コーチングには価値基準を自分に取り戻すパワーがあると強く感じている。


本書を手に取り、ぜひその一歩を踏み出してほしい。