苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

カテゴリ: コーチング

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


私たちには、大なり小なり目指す場所が存在します。

目指す場所というのは、もちろん現状の外側のゴールのことですが、現状の外側とは定義上眼に見えない存在です。

なので、それが本当に現状の外側なのかどうかは、明確に判断する基準はなく、正直判別することはできません。


もちろん現状の外側が定義上眼に見えないというところから堅苦しく演繹せずとも、もっとシンプルな言葉にするならば、それはただただ今自分が存在する場所が自分の居場所ではないという確信です。


もし今この場所が自分の望む場所でないのなら、次の選択は本当に望む場所に移動するより他にありません。

なぜなら今の場所が望む場所ではない以上、れ以上居続けても同じ毎日の繰り返しにしかならないからです。

これらを解決するのは、自分の望む場所をひとつひとつ丁寧に探していくというプロセスです。


言葉で表現すると、とても簡単ですし、明日からすぐに実践することができますが、何故か私たちはここで恐ろしいほど様々な理由を考えて動きません。

例えば、本当に自分の望む場所が存在するのか、ひとつひとつ探して望む場所が見つかるのか、見つかったとしてそこで次何をするのか、といった感じです。


その気持ちは非常によくわかります。

しかし、誤解を恐れずにいうならば、これらの質問は全く意味のないものです。

なぜなら、それらの質問はいくら考えても自明な回答は生まれないからです。


自分が望む場所が存在するかどうかは、仮に世界地図を持っていたとして、実際に住んでみないことには判断のしようがないのと同じです。

思ってたよりも気温が高いとか、湿度が高いといった情報は、実際に住むことで初めてわかります。

そして言うまでもなく、それらは言葉で聞く以上に、実際に経験すると、本当にそこに住むかどうかを、より臨場感を持って判断できます。


となれば、私たちが行動するために必要なものは何かといえば、如何に自分の気持ちをそのまま出すかどうかです。

そのまま出すとは、その感情に沿った行動を忠実に実践できるかどうかです。

そのまま出すことができれば、それだけで今まで以上にもっとうまくいくことが可能です。


なぜなら、一番人間のパフォーマンスが発揮されるのは、自分の心から湧き出すWant-toをそのまま外に出すことだからです。

それ以上は不要です。


私たちはもっと自分に誠実であるべきです。

聞くべきは他人の声でなく、自分の声です。



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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


成功体験を収めることは、極めて重要です。

なぜなら、成功体験を収めることは、エフィカシーの向上につながるからです!


私たちが現状の外側のゴールを設定し、それを達成しようと考えた場合、必ず必要になるのがエフィカシーの存在です。

いつもいうように、コーチングのプリンシプルは現状の外側にゴールを設定し、エフィカシーを上げていくことです。

なので、非常に大ざっぱな議論をすれば、ゴールを設定するのはもちろん、そしてエフィカシーをいかにして上げるかが重要であり、エフィカシーを上げ続けることだけを考えることが必要です。


そのときの効果的な方法は何かといえば、まさに小さくても良いので成功体験を収めることです。


成功体験を収めることを、もっと具体的に記述するのなら、成功を体験をしっかりと受け入れて評価し、さらに次の成功体験を収めることです。

ここでのポイントは成功体験に伴う臨場感や体感、感情を自身の行動に紐付けることなので、そういう意味では過去の記憶に存在する成功体験を引っ張り出すことでも問題ありません。

しかし過去の成功体験を引っ張り出すことだけにフォーカスすると、ただの自慢や過去の栄光にすがりついてスコトーマを作るだけになってしまう場合もあるので、これは注意が必要です


色々な議論や運用上の留意点は多々ありますが、基本的なスタンスとして、自分の新たなゴール側のブリーフシステムを構築していく上で、成功体験を繰り返し押さえていくことはとても重要です。


さて、話が色々なところに飛んでしまいましたが、本題に戻しましょう。

小さな成功体験を収めることは、結果的に自信につながる上記の内容はとてもシンプルで重要なものですが、最近出会った興味深い例はエフィカシーをあげるために小さな成功体験にこだわり過ぎているというものでした。


これはどういうことかといえば、小さな成功体験を収めることで自信につながるから、まずはとにかく成功体験を収めてからというケースです。


ゴールがあって、ゴールを達成するためにはエフィカシーの高さが確かに不可欠です。

そしてエフィカシーをあげるために小さくても成功体験を収めるために行動することは間違いではありません。


しかし骨格だけ取り出せば、これは明らかに創造的回避になっています。

なぜなら、成功体験を収めてエフィカシーがあがってからゴールに向かい始めるということは、イコールで何か具体的な方法が見つかってからゴールに向かうということと同義だからです。


これをもっと具体的にいうと、「俺は出来る!」、「私はやれる!」と本気で思っている自信満々のひとが、今すぐにゴールに向かうことはせず、いつでもできるから今やらなくてもいいといっているのと同じです。


いつでもできるなら、さっさと始めた方がいいのは当然です。

なぜなら、ゴールにそれだけ早く到達できるからです。


創造的回避に陥るありがちなパターンは、備えあれば憂いなしのことわざ通り、本人は緻密にきちんと準備していると思っていることに起因します。

それはつまり、準備をするということが本来の機能としてゴールに進むためのものですが、結果的にはいつまでも準備ばかりをしてしまい、結果的にいつまでたってもゴールに進んでいないということです。

要するに、実際はゴールまでのスタートをただひたすら遅めてしまっているということです。


ここでのチェックポイントは、今とっている行動が、本当にゴールを達成するために必要な行動であるかどうかを絶えず考えることです。

言い換えれば、実際に進んでいるかどうかを、きちんと客観的にレビューすることです。


ここの判断を間違えれば、堂々巡りという名の無限ループに囚われます。

繰り返しになりますが、本人は前に進んでいると錯覚している分、とても始末が悪いです。



大事なことは走りながら考えるということです!


もちろんドンキホーテになる必要はありませんが、準備が全て万全に整うことは、正直ほとんどありません。

あるいは、どれだけかっちりしたものを準備しても、想定外の事態になり何の役に立たなくなることも往々です。


ゴール側の目線にたって、今の自分がどこにいるのかを判断するクセを付けましょう!


そうすることで、適切な方向にきちんと進んでいきます!


小さな成功が自信につながるということも同じです。


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


コーチングで最も重要な概念は、このゴール設定です。

兎にも角にもゴールです!

コーチとは、もともと馬車の意味ですから、コーチングは目的地があって機能します。


つまりゴールがあるから先に行けるということであり、そして裏返せばゴールがなければどこにもいけないということです。

いつもいうように、ゴールは達成することよりも設定することの方が100倍難しいのです!


ある程度物理的にほしいものが簡単に手に入ってしまうという豊かな社会事情もあいまって、このゴールがなかなか設定できません。

実際私個人でいうなら、今のゴールにたどり着くまでに1年半以上かかっています。

自分でいうのもあれですが、よく1年半程度で見つかったなと思います。

それくらい幸いです!

そしてそのゴールはまた、近い将来変わっていくでしょう。 

なぜなら時代にあわせて、ゴールも抽象度をあげていく必要があるからです。 


またそれと同じく、ゴールには賞味期限も存在します!

なので、一回見つかったら万々歳というわけではなく、そこから素早くどんどんゴールを更新していくことです! 

鮮度の高いうちが、ゴールから受けられる恩恵も多いです!

例えば鮮度が高いとそれだけゴール側の臨場感が高く、勝手にガシガシゴールに進んでいくことも可能です!


さて、私の場合、実を言うとコーチになってから大きくゴールが3回変わっています。

厳密にはもっと変わってますが、わかりやすいの3回です。


一番初めは、コーチ補の頃で、世界のエフィカシーレベルをあげたいと考えました。

純粋にドリームキラーのいない世界というのは、それだけで素晴らしいものです。
自分の本気に対して、それを全面的に肯定しくれるのは、とても心強く楽しい世界です。


次のゴールは、ブログでもおなじみの文言である、
自灯明自燈自帰依(じとうみょうじとうじきえ)です。

これは自分を照らし、自分を拠りどころとし、自分に由って立つということです。
コーチングとは、必然的に自分と向き合っていくことになりますが、このプロセスを順当にたどると、上記のような言葉を踏襲した人が社会にたくさん生まれればと考えました。


最後のゴールは自律です。

これは何かに依存することなく、自分の足で立って、自分の考えで行きたい方向に行くということです。

自律とは、他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動することです。 

また少し拡大解釈すれば、自分の行動に対して自己責任を持つことです。


イメージで言うと、起業家が近いと思います!


ちなみにですが、自己責任という言葉が出てきたのでさらに言及すると、面白いのが何事にも自己責任を持てるようになると、周りのひとから色々な悩み事やトラブルを解決してほしいと頼まれることが増えてくるようになりです。

そしてそれを実際に解決してあげます。


ひとの悩みやトラブルを解決してあげていると、 だんだんとこういう人を救いたいとか、こういう社会にしたいとか問題意識を持つようになります。

それらの解決のために、もっとマスに対してのアプローチをしようとなると、実は勝手に起業になってしまいます。

少し卑近な言い方ですが、自律できると社会の役に立てるし、そこから堂々と独立して稼せげるようになります。

自律というゴールをもっと具体的にするならば、そういったことができる大人をコーチングを通じてどんどん輩出したいと考えています。


前述の通り、その過程にいくつもゴールがありましたし、最初から こんなゴールになったわけではありません。

上記の例で特出すべきは、ゴールは抽象度が違うだけ、結果的に存外同じことをいっているということです!


いうまでもなく、ゴールはいづれ達成されるものですから、ゴール設定に更新は付き物です。


しかし、ここで更新というと、どうしてももっと別世界のゴールになると思いがちです。

例えば、看護師から弁護士になるみたいな感じです。

もちろんそれも正解ですが、そうではなく、自分の中でロジックが置き換わることでも十分ゴールの更新です。


こうやって文字に起こすと、同じことを言っているということが良くわかると思います。


しかし、本人からすれば、全く新しい概念を産み出しかのように、強烈な体感が生まれています!

なので、ゴールを更新できたときは、いつも新鮮で色艶やかな感じです!

そしてその躍動感を使って、さらにガシガシ前に進んでいきます!

気付けば、最初に設定していたゴールは達成してたくらいにです。
 

そういう意味で、ゴールはある種使い捨て燃料みたいなものです。

うまくゴールを切り替えながら、もっと先に進んでいきましょう!


ゴールを更新し、うまく切り替えていった先には、いつの間にか過去の自分のゴールを達成しているのです。 


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


現状の外側のゴールを掲げて、そこに向かってエフィカシーをあげる。


これがコーチングの全てといいといってくらいのエッセンスです。


エフィカシーとは、自分のゴール達成の自己評価のことで、エフィカシーが高ければ高いほど、ゴールは達成しやすくなります!

なので、ゴールがすでにあり、それの達成を考えるなら、日ごろからどんどんエフィカシーをあげていきましょう!


さて、このエフィカシーをあげようとしたとき、実践は言葉以上に難しいことがわかります。

言うは易し行うは難しといいますが、何をもって自分のエフィカシーがあがったのかを担保することができず、いたずらに自分の高揚感にその答えを求めます。


もちろん高揚感があるのは楽しいし、それ自体を否定するつもりはありません。

しかし感情ばかりに囚われると、大事なところを見過ごしてしまうのも事実です。


例えば、自分のエフィカシーがあがっていると感じているのに、全くエフィカシーがあがっていないケースとして、自分を大きく見せるというものがあげられます!


誰々の弟子と名乗ってみたり、元外資系企業出身と語ってみたり、人が聞いて「おお!すごい!」と思われるような鎧を集めて着飾ります。

自分の本来持つ凄さを認めず、自分は凄くないとどうしても考えてしまうことは根の深い問題ですが、かといって自分は凄いと思い込み、ナルシストに陥ることもこれはこれで問題です。

着飾ることで、本人は実際に高揚感とやる気に満ち溢れ、自分は何でもやれると本気で思っています。

そして、最初はそれでもある程度までは上手くいきますが、そこから先へ行こうとすると、それではうまくいきません。


話は飛んで、ここにショーン・マクアードル・川上の学歴詐称の本質が潜んでいると考えています!


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@ショーンKことショーン・マクアードル・川上



今回のショーンKの学歴詐称問題の概要を述べるなら、彼はこれまでにテンプル大学で学士を、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得、パリ第1大学パンテオン・ソルボンヌに留学していたとプロフィールで紹介していましたが、週刊文春によるとこれらは全くのウソだということを指摘されたそうです。


正確には、「学位は取っていない」「パンテオンソルボンヌ(パリ第1大学)には入っていない。オープンキャンパスの中で聴講した」「ハーバード・ビジネス・スクールには、オープンコースの3日くらいのコースに1回行った」などと、ショーンK自らがインタビューで回答しています。


別に学位をとっているとっていないは関係ないと思いますが、ショーンKにとって学位があることは極めて重要な問題だったのでしょう。

つまり、学位という鎧が、自分の自己肯定感(エフィカシー)をあげるためにどうしても必要だったということです。

前述の論理に準えるなら、彼の外資系コンサルタントに相応しくないエフィカシーが、前述した自分を大きく見せたいというなんちゃってエフィカシーとして現れたのではないかなと思います。
 
それが今回の学歴詐称を引き起こしたきっかけだと、コーチング的には読み取れます。

その証拠に、実際ショーンKは高校生のとき、わけのわからない分厚い辞書を7~8冊持ち運び、プライドが高くて気が短ったそうです。


では、着飾ってもダメならば、本当にエフィカシーをあげるために必要なことは何でしょう?

それは自分を肯定することではなく、自分を受け入れることです。

その本質は、自分で自分をきちんと認めているからこそ、初めて自分を肯定できるということです。


自分を認めずに自分を肯定するとは、そもそも論理矛盾であることは明白ですが、何故か私たちはついつい汚いものに蓋をするように自分を受け入れることはせず、偽りの肯定感ばかりに眼を向けます。

学歴や職業や過去の功績ばかりで着飾って、肝心なところに眼を向けようとは一切しません。


それではそもそも上手くいくはずがありません。

なぜなら、全く自分のエフィカシーをあげていないからです。

もっといえば、ただエフィカシーを上げた気になっているだけです。

 
もちろん借り物でも最終的にエフィカシーがあがったならば問題ありませんが、自分を偽っているという事実は残念ながらどこかで自分に返ってきます。

ゴール側に向かって直進するなかで、自分の本質を問われるような、バイタルな課題にどこかで直面しますが、このとき一番の拠り所になるのが、自分に誠実であるというスタンスです。

自分に誠実であるということは、エフィカシー向上には極めて重要です。


清原和博に、ベッキーに、ショーンKと、芸能界は非常にコーチングが必要な業界であると如実に感じます。

というより、日本社会に必要です。


自分と向き合い、本当に自分を良くしていきたい方にこそ、コーチングが必要です。


当面はリスタートを切る意味でも、ショーンKさんからのコーチングをご依頼をお待ちしています!

ショーンKさん、コーチングのご依頼はこちらからです!(^o^)


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ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


さて、今日はコーチングに関係ない原子力のことを少し。

昨日で東日本大震災と、福島第一原発事故という、未曽有(みぞう)の事故が起きてから、はや5年となりました。

ご冥福をお祈ります。


当時はまだ大学で原子力についての研究を行っていました。

ちなみに私の研究テーマは「原子力船の経済性」です。

原子力船の経済性とは、かなりニッチな研究テーマで、原子力といえば陸上原子炉の研究がホットであり、船といえばコンテナ船を初めとするディーゼル船の研究がホットです。

なので、あまりにもニッチ過ぎて先行研究がほとんどなく、かなり苦労しましたが、それゆえその研究の希少性が評価され、アメリカの国際学会でも発表する機会をいただきました。

これはいい思い出のひとつです。


もちろん今の専門分野はひとの脳と心ですが、原子力も実は専門のフィールドです。


当時はやれ産・官・学が一体となって、小型原子炉を中東や東南アジアに輸出しようとする流れ、いわゆる原子力ルネッサンスと呼ばれた時期です。

そこでの大転換は今でも鮮明に覚えています。


自分が参加するはずだった学会やシンポジウムが全て自粛になったこと、原子力関係者の学会誌があまりにも何の発展性のない雑多な議論で埋め尽くされたこと、原発肯定派と否定派の結論ありきの討論など、色々なことに嫌気が指した時期です。


福島原発事故がなければ、親の欲目として私の研究がどうなっていたのかは大変気になるところではありますが、最も優先されるべきは、当然現地の被災者の方々です。



さて、せっかくなので、福島原発事故にまつわるエトセトラをこの場で少し踏まえたいと思います!

この場では書きつくせないマニアックなトピックもたくさんあるので、後半部分まではご参考までにどうぞ。


福島第一原発事故は、何故起きたのかと考えると、それは人が起こした(人災)と考えています。

その心は利益優先から来るものです。


まず前提として、原子力発電のメリットは何かといえば、圧倒的に燃料費が安いことです。

しかしその反面、デメリットとして、普通の火力発電プラントと比べると、建造費が割高になり、メンテナンス維持費がかさみ、使用済み燃料の廃棄コストなど本来発生しないコストまで生まれます。

まさに私の研究は経済性、つまりお金の計算をしていたのでよくわかりますが、いわゆる原子炉の経済性の論理で考えると、安い燃料費が他の割高になるコストを、トータルでペイできるかということになります。

ペイ出来れば黒字です。

ペイ出来なけば赤字です。

もっといえば、他の発電プラントと比べて、トータルのコストが安ければ、原発を使うべきという論理が成り立ちます。

ここで難しいのは、技術は日進月歩であることもそうですし、そういったコストも発電プラントでまちまちです。

また企業はそういった細かい数字を基本外部に出しません。

実際大学の教授を通じて東芝の方に聞いてもらいましたが、お教えできないとこのことでした。

それで他のホームページ上の資料のリンクを張られ、ここの数字は近いと思いますとの回答でした。


なので、色々な仮定から導かれた結果がありますが、なかなか「これ!」というのは難しいところです。

もちろんその過程が違うという主張の論文も存在します。


ですが、ひとつ言えることは何かというと、原子炉については長く運転すればするほど、ペイしやすくなるという事実です。

長く運転できれば、それだけ燃料費の占める割合が大きくなります。


第2世代型の陸上原子炉の耐用年数は約40年といわれています。

そして何を隠そう福島の原発群は、まさに第2世代型の原子炉(現在は第4世代まで存在)であり、ロールアウトしてから40年くらいのものばかりです。

技術的な側面でみれば、事故が起こったことは色々と議論があり、中々結論のだしにくいところですが、なぜそんな耐用年数ギリギリのものを今でも採用していたのかという疑問は成り立ちます。

これはただの憶測ですが、経済性を優先したのだと思います。

仮に事故がなかった場合、そのまま廃炉にせず、耐用年数が過ぎても使い続けたのではと思います。

というのも、現場のエンジニアは事故があってすぐに海水を注入するべきだと指示したそうですが、上に却下されました。

というのも海水を注入すると、炉が塩まみれになって、廃炉は確実になるからです。

廃炉になれば、廃炉のための割高なコストがかかります。

その場だけのコストなら止む無しですが、原子炉の場合、廃炉にしてからもコンクリートでがちがちに固めてそのまま放置しておかないといけません。

半減期が訪れて、放射線がなくなるのを待つためです。

そこからさらに維持費がかかります。


そして、海水を注入したならば、あそこまでの大事故にならなかったのではと思います。

なぜなら、今回の福島原発事故の最も大きな原因は、炉自体の冷却が出来なくなったことです。


原子力発電とは、核燃料を核分裂させて、その時発生する熱エネルギーを取り出して発電します。

福島の原発は、このときの熱交換の際に、核燃料に直接水を当てるタイプの炉(BWR: Boiling Water Reactor)ですが、熱交換するとは、水を蒸発させて発電タービンを回す目的と、もうひとつは核燃料そのものを冷却することが目的です。

また、実は水はそもそも放射線を一切通しませんので、水が採用されています。


ちなみに、このとき発生した水素爆発ですが、これも燃料がきちんと冷却されなかったことに起因します。

核燃料とは、ウラン燃料の放射線を遮蔽するために、ジルコニウムという金属(厳密には合金であるジルカロイ)が使われています。

このジルコニウムは、安価であることも採用された要因ですが、上手く中性子を反発させて、核分裂反応を起こしやすくする意味も持っています。


ただ、ジルコニウムは高温になると酸素と異常に吸着するという性質を持っています。


つまり、今回の場合、核燃料が冷却できなくなったということで、ジルコニウムが高温になり酸素と吸着しました。

で、その肝心な酸素は何処から引っぱって来たかというと、水(H
2O)からです。

酸素を奪われたことにより、水素だけが残って原子炉の上部に溜まったというのが、水素爆発のカラクリです。

そこからはご存知の通り、放射性物質の拡散と、汚染水の垂れ流しです。

旧ソビエトのチェルノブイリ、アメリカのスリーマイルに並び称される、原発事故になりました。


原発事故の原因を人災と位置付けるなら、それはゴールの欠如から来るものです。

ゴールが欠如したことにより、長期的な利益よりも、目先の利益に眼が行ってしまいます。

そういった意味でも、ますます大きな組織にこそ、コーポレートコーチングという形で、組織を健全な方向へ導くという機能が極めて重要になってきます。


コーチングの普及に力を注いでいかなければと、改めて強く思います。

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