苫米地式コーチングで本気で変わっていく人のためのブログ

Mind Architecture代表 文野義明(苫米地式コーチング認定コーチ)のオフィシャルブログ。
苫米地式認定コーチである文野義明が本気で変わりたいと考える人に向けて発信するブログです!
ブログを通じて、本気で変わりたい人のマインド設計を促していきます。

カテゴリ: お金のカラクリ

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


苫米地式コーチングを身に付けたい!!

そんな希望をよく聞きます。
逆に本当は苫米地式コーチングに興味津々なのですが、今までの自分の常識の遥か上空を飛び越える理論に疑いの眼を向ける人もいたりします。
 
これらの気持ちはわからないでもないです。

これを踏まえて認定コーチではなく、私の個人の経験則からいうと、その前にもっと学ばないといけないことって実は多いのではと思います。

苫米地式コーチングの理論は当然最先端の認知科学、つまり機能脳科学、認知心理学、分析哲学等の知見をふんだんに盛り込んでいます。
ただ私たちはそのインパクトを理解できる知識を持ち合わせていないので、どうすごいのかいまいちピンと来ないのです。
脳は知っているものしか認識できないことは、脳の仕組みの大原則でした。 

例えば、高校数学で習う微分計算ですが、x^3(^3は3乗を意味する)を微分すると、次数をxの前におろし、そして次数をひとつ下げることで答えがでます。
つまり答えは3x^2となるわけです。
機械的にこの操作をするならば、小学生でもできます。過去にちょっとやらせたことがありましたが、現に出来ました!
しかし、その意味をきちんと微分の根底まで理解するには、もっと膨大な知識量が必要なわけです。
 
何がいいたいかといえば、誤解を恐れずいうと、私たちは往々にして前者で止まっているのです。
表面上のざっくりした理解を、本質までわかった気になっているということです。
そう一度思い込むと、現実問題わかったかわからなかったか、ということは一切関係なくなります。
人間の脳はそんなものです。

ではそれらの知識を万遍なく学べばいいというという風に考えてしまいますが、この考え方には注意も必要です。
それらの知識を万遍なく理解してから、エッセンスにたどり着くための時間があまりにも膨大な点です。
これは抽象度が下から上に行くことを意味します。そしてそれに必要な計算量はn^5のオーダーでした。
なので、どうしても上から下に行く必要があります。

以上からわかるように、上から下にいくということは、要は知っている人から教われということです。
わかっている人から教わることが一番早いし確実なわけです。

答えは単純明快ですが、意外とこれが何故かできない。
日本の教育によって、自分だけで勉強することはいいことだ、まずは本を何時間もかけて読むことはいいことだ、というアルゴリズムが裏で自分が気付かぬ間に走るからです。
あるいは、2次方程式ができてから2次関数をやるように、下から上にむかって勉強することはいいことだというアルゴリズムもあります。


聞く人がいないならこれは止む無しでしょう。
しかし現に聞ける人は目の前にいるわけです。
 
6ヵ月間私のコーチングを受けた人は、自分でコーチングすることもそうですが、他人にもコーチング出来るようになってしまいました。実質コーチになってしまったわけです!

これはもちろん素晴らしいことです!そしてそれと同時に上から下にいくとはそんなものです。

ゴール向かうために必要なものはたくさんあります。
そしてあまり気にしてない人が多いですが、時間は有限です。あまりにも身近にありすぎるとスコトーマに隠れ、無限だと錯覚しがちです。

限られた時間のなかでいつまでにどうありたいかという指標は必要でしょう。
そして、それをゴールイメージを膨らませるときに、片隅に置いてほしいイメージでもあります。
 
もちろん、これらは全てゴールによって決まることなので、期限を決めずにダラダラ20年、30年かけるのもありでしょう。
その20年30年の自分の時間的コストが、短時間で直接教わることに匹敵するならば。

その時点でぜひ自分のエフィカシーは低いなと気づいてほしいと思います。
自分の20~30年の膨大な時間が、たった数万円~数十万円の価値しかないと自分で言っているようなものだからです。

時間とお金が等価であるといえど、その換算は非常に難しい。

自分の成長によって、どこまでもその換算式は変わり、今まではありえないような換算結果をたたき出せるからです。

-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


もちろん、本気で変わるつもりがあるのなら。


私たちは資本主義の強い洗礼を受けています。

平たくいうと、お金至上主義という価値観です。

とはいっても、別にこれを責めるつもりではなくて、犯罪ではなく、徹底的にクリーンな方法で勝負するのであれば、 堂々とお金持ちになっていいはずです。

誰が何と言おうと、日本は資本主義のルールでやっています。


そのうえで、最初に稼ぐ方法として浮かぶのは、大多数の方にとって、それは資産運用でしょう。

いわゆる投資と呼ばれるものです。

株式でも、FXでも構いません。


ここで簡単に、投資いわゆるファイナンスの根底にある考え方を確認します。

ファイナンスの考え方とは、より安い金利で借り入れ、より高い金利で貸し付けることです。


ですが残念なことに、ゼロ金利やデフレを通じて、バブルのような高い金利の商品にはなかなかお目にかかれません。

アベノミクスで景気回復、インフレだと思っている人もいるかもしれませんが、それは大きな間違いです。

そういえば、アベノミクスの悪いニュースが少し前からようやく出てきましたね!

以前の私のブログ記事でも指摘したように、そもそもアベノミクスで景気回復はしていません。

ただの見せかけ自演劇です。

というより、増税でどんどん日本経済は悪くなってます。

ソースがどこかは忘れてしまいましたが、確かリーマンショック以上の経済打撃のはずです。

そして消費税10%にすれば、完全に日本経済は沈没します

このあたりは常識として押さえておいた方がいいでしょう。

テレビは当たり前ですが、自分たちにとって都合のいいことを言う人しか出しません。

こうやって、私たちはコントロールされていくのです


さて話を戻して、こんな状態の日本の中で投資先として最も優良なところはどこでしょう?


それはもちろん『自分』です。

ユダヤ人が掲げる投資先は、1位教育、2位ダイヤモンド、3位金です!


常に新しいものを産み出すのは人です。

それは教育によって、もたらされます。

そして金もダイヤモンドもなくなりますが、教育は決してなくならない点が魅力です。

教育、つまり知識がなくなるときは、自分が死ぬ時だからです。


さっきのファイナンスの原則を思い出しましょう。

つまり自分が教育(投資)によって、稼げる人間となり、教育費以上の付加価値を出して稼げばいいだけです。


一般的なデリバティブ等の資産運用は、どんなに高くても年利4%程度ですが、自分は簡単に年利10%のリターンが狙えます。

しかも即効性ありです!


なので、いつの時代も自己投資こそが、最高の投資物件なのです!


もちろんこういうことを言うと、本当にそれだけの利回りのある案件に自分がなれるか疑問だという声や、そもそもそういう論理の仕方は乱暴だと思う人がいるでしょう。

しかしその点に関してはハッキリいえば、その程度のエフィカシーレベルでは何をやったところで失敗するでしょう。

仮に自己投資をしても満足する結果が得られないことは明白です。


ファイナンス的いえば、自己投資は利回りや利率という概念だけで充分ですが、もっと直な見方をすれば、
自己投資は自分との真剣勝負です

つまり、自分との真剣勝負で勝つ気がないわけです。

勝つ気がないのに、勝負して勝つというのはどう考えても論理矛盾でしょう。

少し考え方が甘すぎないと思いませんか?


成功は他人との競争ではありません。

しかし自分との戦いではあります

その戦いを本気で勝ちに行く気がなければ、いうまでもなく何も為せません。


私の経験からいうと、自分に最低300万はかけるとよいでしょう。 

それだけで世界は驚くほど劇的に変わります。 




-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------



 

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


本日のテーマは『時間とお金です。


今回は久しぶりのお金に関する記事となります。

特に今回はここにゴール達成という観点から切り込んでいきます。

時間とお金を制することは、自身のマインド形成にも大きな役割を持っていることは経験上ご存知だと推測します。


ではまず、お金ですが、お金とは何かと考えたとき、それはみなさんご存知のように交換手段です。

つまり、何かを得るために、の代償としてお金を支払うということです。


このお金ですが、経済学的には時間とお金は等価であるという風に考えられています。

一番身近な例は、アルバイトの時給でしょうか。

働くということは、その労働行為によって私たちに賃金が払われるわけです。

もちろん厳密に考えると、ここにはその労働価値を決めている人がいるわけですが、本質的に貨幣と同じものであるという前提は変わりません。


さらにもう少し学問的背景を踏まえると、マクロ経済学とは人間の最適行動とは何かを追及する学問です。

そしてこのとき、定量的な指標として貨幣を用います。貨幣でないものは色々根拠を述べながら貨幣換算します。

時間も貨幣として計上されることは言うまでもありません。 


以前のお金を支払うことでも書きましたが、お金とはキャッシュフローです。

どこかに流れ、そしてどこからかやってきます。

簡単にいうと「入」と「出」ですね。


という全体像を風景として頭のなかに持ったとき、私たちが興味があるのはゴールの達成です。

ゴール設定とは、アマゾンの商品クリックすることに等しいわけですから、必ずゴールの方から自分のもとへやってきます。

しかし当然ここにはタイムラグがあるわけです。

1日先なのか、1年先なのか、それとも10年先のなのか。

抽象度を上げて考えた場合、このタイムラグは特別気にならなくなるのですが、どうしても気になって仕方がない場合があります。

要するに未来へ時間という貨幣を支払っていることに対しての不安です。

表現が良い悪いは別にして、値段のわからないゴールをお金で、しかも前払いで買っているわけです。


であれば、時間だけでなくお金をも同様に支払っていことも有効であると考えられます。

例えば東京大学行きたい学生が独学で勉強するのではなく、塾にいくというイメージです。


ただ、もちろんこの考え方にもデメリットはあります。

ひとつめに、この考え方の大前提にはゴール達成を「いつまでに?」という期限があるということです。

別に100年かけて支払いを終えても大丈夫なら、別に時間を支払うだけでいいはずです。


ふたつめに、そもそも貨幣では支払えないものもあります。

苫米地博士の戦争と飢餓なくすというゴールはまさにそれです。

貨幣換算できるのかというそもそもの疑問はありますが、仮にできてもその金額は法外でしょう。

国家を何個買えるんだくらいの金額だと推測します。


全ての考え方には一長一短あります。

それ踏まえ、自分が最も最適と思える手段を選んで、進んでいく必要があります。

そういう選択のひとつひとつが私たちをゴールに近づけてくれます!
459c724b-s

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


さて、今日はお金が集まる人について考えたいと思います。

ご存知のように、世の中にはお金が集まる人とそうでない人がいます。

恐らくよほどのことがない限り、お金が集まる側でありたいと大多数の方が思っているのではないでしょうか?

今日はそのためのヒントをお伝えしたいと思います。


そのためには、まずお金が集まる人について考えていきたいと思います。

お金が集まっていると思われる人たちを、以下に列挙してみます。

ビル・ゲイツ、ジャック・ドーシー、マーク・ザッカーバーグ、孫正義、苫米地英人


ここには書ききれませんが、お金が集まる人は世の中にたくさんいます。

彼らの共通点は何かといえば、それは付加価値の大きいアウトプットを社会に出したことです。

例えばビル・ゲイツは、WindowsOSを排出しました。Wnidows Computerを知らない人はいないでしょう。

ジャック・ドーシーはTwitterですし、マーク・ザッカーバーグはFacebookですね!


そしてもうひとつここに付け加えたいことは、これらは誰もが使うような、利便性の高いものです。

だからより多くの、たくさんの人が使うわけです。

ここまで書くと「みんなが使うようなものを出すと誰もが買うから儲かって当然じゃないか」と思った方もいるかもしれませんが、ここでそう判断するのは早計です。

それが言いたいわけではありません。


確かにその側面はありますが、私の主張の本質は社会と個人の繋がりにあります。


例えばお金を5000円使ったとしましょう。

そうしたとき、我々は5000円分社会からサービスまたは付加価値を得たことになるわけです。

スーパーで5000円分の食材を買ったとすれば、魚やキノコを得ることに必要な付加価値が5000円分だったというわけです。

自分で魚を海まで釣りにいったり、キノコを山まで採りにいってません。

それは誰かがやってくれたことです。そしてその誰かがやってくれたそのものもがサービスであり、その付加価値が5000円分となるわけです。


では逆にお金を5000円分もらうときはどうでしょうか?

この論理とは全く逆向きで、社会に何かしらサービスを提供することです。

上記の例のビル・ゲイツはまさしくWindoesOSを社会に提供しました。


ただこのとき提供したOSが誰もが使うこと、つまり大きな付加価値だったために、彼は巨万の富が集まりました。


何が結局言いたいか?

それはお金とは価値測定器ということです。


確かこの言葉は、ジェームズ・スキナー氏の表現だったと思います。

つまり、お金は自分が社会に提供した・提供された価値の測定器で、その数字が大きいほどより大きな価値を提供した・提供されたということです。


お金が集まったということは、それだけ社会に意味のある価値を提供したということです。

価値がそれだけ大きかったから、自分の元へたくさんのお金が集まったという論理です。


なので、こう考えると、お金を集めたいならそれだけ社会に意味のある大きな付加価値を発信すればいいことになります。


そんなものはできないと思った人もいるかもしれません。

私はそんなことはないと思います。いつもいうように好きなことを徹底的に突き詰めれば、勝手に付加価値は大きくなるからです!

徹底的に好きなことを考えて、社会に大きなインパクトを与える価値を発信してはかがでしょうか?

それだけでお金が集まる人になることができます!

f1d69e5bad3ed3c12a75495122e538615754b33c1356690578
 

ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


先日に引き続き、お金を支払うことをテーマに書きます。

今回は特に、抽象度の観点からです。

こちらの記事は2回に分けて書いていますので、前回分がまだの方はこちらからどうぞ!


さて、本題に入ります。

お金を支払うということを抽象度をあげて考えると、どのように捉えられるのでしょうか?

金は天下の回りもの、という言葉があるように、お金はまさに血液のように世界を循環するものです。

つまり抽象度をあげると、お金の流れ(キャッシュフロー)が見えてきます。


なので、お金を支払うことをキャッシュフローとして捉えたいと思います。

キャッシュフローと聞くと、ファイナンスのできるお金持ちの世界の言葉に聞こえますが、そんなことはありません。

むしろ収入と支出があれば、それは全てキャッシュフローです。

ですので、東証一部上場企業もキャッシュフローですし、一般家庭もキャッシュフローです。

そして面白いのが、キャッシュフローをきちんと考えると、お金を支払っているにも関わらず、自分に返ってくるようになる点です。

返って来るものはお金もありますが、もちろんお金だけとは限りません。


抽象度の低い視点でキャッシュフローを捉えたとき、それはただの収支のバランスを取ることです。

具体的にいえば、入ってくるお金に対して、どのように支出を抑えるかです。

逆に抽象度の高い視点でとらえれば、それは全体の流れを観ることができ、コントロールできます。

そして当然コントロールできれば、自分の収入を増やすことも可能となります。

つまりキャッシュフローをコントロールできるということは、言い換えるとお金の使い方が上手であるということです。

だからお金をたくさん使っても、大なり小なり自分の元に返ってくるというわけです。


収入が多ければそれだけで解決だ、と思う人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。

例えば年収1億でも、支出が9999万であれば、その人が1年間で自由に使えるお金はたった1万円です。


では、お金を上手に使うとはどういうことでしょうか?

これは一重に人の役に立つことをすることだと思います。


例えば高速道路

これは信号もなく、時速100Kmを超える車がバンバン走ります。

言うまでもなく、高速道路は人の役に立つものです。

これのおかげで早く快適に目的地まで行くことができます。

高速道路作った人(この場合大抵は国ですが)は、より早く目的地まで到着させることに貢献しました。

なので巨大なお金を支払ったにもかからず、自分の手元の高速料金を得ることができます。


他に学習塾もそうでしょう。

学習塾では、勉強という基礎的な力を身に付けることができます。

学問は全ての基本です。我々の文明は全て学問によってその恩恵を預かっています。

学習塾を立ち上げ、それで子供に学問を教えることは、子供たちにとっても社会にとってもプラスになります。

なので、立ち上げ資金を支払ったにも関わらず、自分の手元に授業料を得ることができます。


ここまで読まれた方は、それはただの投資の話じゃないか、思ったと思います。

まさしくその通りです。しかし抽象度をあげてお金を支払うことを考えると、それはある意味全て投資だと私は思っています。


美味しいものを食べることも、リラクゼーションに通うのも、自分の満足を得るための投資です。

ただこれは自分のことにしか役に立ってません。なので、自分のところに返って来ないので、最後はコストという言葉になります。

別に自分のために使うことが悪いと言っているわけではありません。趣味もそうですが、それだけでしか得られないものもあります。

なので、どんどん自分のためにも使ってほしいと思います。

もしその趣味を徹底的に突き詰めて言った結果、人が驚くような価値を発見できれば、晴れてマネタイズも可能になります。


もちろん打算的にお金を投じて将来的にお金を増やす活動をしている人もいます。

人の役に立つかは考えず、自分の私腹を肥やすことだけを考えています。

しかし、それが本当に楽しいかといえば私は疑問が残ると思います。

最初はいいですが、後からジワジワ何か物足りなくなってくるでしょう。

それに、私はこれをかっこいいお金の支払い方だとは思いません。


話が色々それましたが、結局何にお金を支払うかです。

そしてそれがどのように社会をめぐるのかです。

大事なことは抽象度をあげて、この視点を持つことです。

そうするとお金に振り回されることなく、自分の後ろからお金がついてくるようにすることができます。


なので、お金をきちんと堂々と支払うということは、抽象思考にもつながり、そして我々をお金持ちにしてくれます!
fb7fb9bf-s
 

↑このページのトップヘ

page contents