ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明(ふみのよしあき)です。


タイトルは昨日の1対1のパーソナルコーチングで、少し悔しそうにポロっとおっしゃった言葉ですw

しかしながら、この言葉は、コーチングとは何かを如実に表す言葉だと思っています!


良くご存知なように、コーチングという言葉の由来は馬車であり、馬車とはある地点から別の目的地まで送り届けるという意味が込められています。

つまり、コーチとは馬車であり、目的地まで送り届ける機能です。

それは裏返すと、自分の行きたいところ(目的地)は自分で決めるということです!


もちろん、私のコーチングスタイルとして、質問されたことに対して、理由も踏まえて理路整然とロジカルに回答します!

それは私の中では、最善の回答です。

しかし、その回答が、その人にとって最善であるかどうかは別の話です!

もっといえば、その人が私の回答を受け入れるかどうかを決め、あるいはそれをヒントにもっとより最善な回答を導くということです!


場合によってはスコトーマを外すために、わざと違う方向の回答を提供します。

猫という答えに対し、犬という答えを提供すれば、哺乳類というそれらを包摂した、ひとつ抽象度のあがった回答が現れます。


つまるところこれは、相手との関係性の中で答えが見つかっていく、苫米地式コーチングならではの「行き当たりばったり」の風景です!


「行き当たりばったり」とは、苫米地式コーチングのプリンシプルのひとつです。

その時、その人と、最適なタイミングと関係性のなかで、一番いい回答を一緒に探して見つけていく作業のことを私たちはこう呼んでいます。

戦略的との意味合いでも使います!

言うまでもなく、何も考えなしに、ふらつき迷走する、本来の意味での行き当たりばったりではありません。

ある人にとっての最善な回答が、また別のある人にとっての最善な回答ではないわけです。


さて、そんな『文野さんに聞けば答えがわかって、今のモヤモヤも晴れると思ってました』という言葉が出た経緯ですが、守秘義務の範囲内で答えると、その方はあることに大いに悩んでいます!

それこそ自分の今後の人生を冗談抜きで左右する、かなり重大な分岐点です。

仮にその選択をAとBとしたならば、AとBのどちらがよいのか、あるいはそれらを超えるウルトラCが文野の口から登場することを期待されていました!


そして私が取った選択は何かというと、それらに対して観方や考え方を提供しただけです!

聞かれたことはウソ偽りなく、正直に答える性分なので、そういった言葉がポロっと出た背景を少し考えると、その方にとってのウルトラCをこれまで連発しすぎたのかもしれません!


さて、そんなつまらない自慢話がしたいわけではなく、ここがコーチングの醍醐味です!

それは自分のゴールを自分の頭で必死に考え、それを決めて実践していくことです!


つまりは自灯明自燈自帰依(じとうみょうじとうじきえ)です。

自分で自分を照らし、自らを拠りどころとし、自分に由って立つから自由になるということです。


先ほどのAかBかの重要な岐路に対しても同様のことがいえ、自分でAなのかBなのかを決めないといけません。

いうまでもなく、ここは他人に預けていいところではありません。

私が仮に決めてもいいですが、決めればそれは奴隷の人生の幕開けです。

なぜなら、自分で自分の選択を行えず、あるいは自分の選択に自己責任がとれず、一生私が横で選択をしてあげないといけなくなるからです。


ハッキリいうと、そういうのはまっぴらごめんです。

依存者が増えて喜ぶのは、過去の手垢にまみれた自己啓発です。


少なくとも私はコーチングを自由になるためのツールだと考えています。

自分の意思を相手に預けるのは、自由とは真逆の発想です。

もちろん頼ってくれることは歓迎です!

自分に出来ないことを人に頼ることと、依存することは違います。



コーチングは2人3脚なので、色々なことに向き合いながら一緒に前に進むことは歓迎ですが、それがどうしても出来ないというのなら、あるいは私に全てを選択してほしいなら、私はにっこり笑ってあなたを置いていきます。

もちろん今後また大きく飛翔して、そのときのレベルに相応しい大きな悩みと大きな課題を抱え、再びコーチングを受けに来ることは歓迎です!


答えが出ないということは、基本とても苦しいことです。

しかし私は、「あーでもない!」、「こーでもない!」と頭を悩ませながら葛藤して、自分の答えを必死に導こうとしている姿勢に心から敬意を表しています。


確かにゴールが見つかれば、AがよいかBがよいかが決まります。

そしてそれは往々にして現状の外側であり、現状の外側とはコンフォートゾーンから離れることなので、色々な情動が洪水のように溢れ出します。


そういった大きな感情のうねりのなかで、『それでも!』と、一歩外の世界に踏み出すから現状の外側です。

様々なややこしい手続きをいくつも踏みながら、そこで命がけの跳躍をするから現状の外側です。


よくある現状の外側の誤解は、これらの葛藤を真正面から受け止めず、ただ思考を停止させ、倫理的にもおかしい、程度の低い欲求を爆発させるというものです。

確かに現状の外側とは、自分にとってなじみのないものであることが往々ですが、程度の低いを欲求を爆発させるのは、勇敢でもなんでもなく、ただのドンキホーテであり幼稚園以下の論理です。

軽犯罪を犯すことが現状の外側とは言わないし、サラ金でお金を借りることがノットノーマルというわけではありません。

それはただの都合のいい解釈です。


忘れず実践してほしいのが、答えが出るか出ないかではなく、そこにたどり着くまでのプロセス(ロジック)の方が100倍重要であるということです!

その過程には様々な悩みと葛藤を抱え、血と泥と汗に塗れながら前に進む泥臭いメンタリティーです!

そんな重たい身体で飛び出すからこそ、その一歩がゴールに行き着くための大きなエネルギーを産み出します。

私はそれが人の強さだと思っています!

そこに人の可能性が潜んでいると思っています!


だから、一歩を踏み出しましょう!

それが本気で変わっていくことだと考えています。

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