ブログをご覧の皆さん、こんにちは!

マインドアーキテクチャーの文野義明です。


今日は『人生を愉しむ』ことをテーマにしたいと思います。

間違っても、楽しむではありませんので、ご注意ください。

また内容は少し厳しいものとなってしまいましたのが、ご容赦ください。


愉しむという言葉には、楽しむという言葉と違って、主観的に自己のなかで安らぎや充実を能動的に感じていこうという意味が含まれています。


最近この言葉を私自身、噛みしめるようになりました。

というのも、自分の人生は自分で切り開くものだからです。

自分の人生を誰が彩り豊かにするかといえば、それは他でもなく自分です。

そこであった成功も失敗も、死ぬ瞬間までの通過点であり、そしてスパイスです。

良いことも悪いことも最後は自分で愉しむという意識が必ず必要ではないかと思っています。


私のもとには悩みに関するご質問がよく寄せられますが、自ら能動的に愉しんでいこうという意思が残念ですがほとんど感じられません。

そういった方々の質問を受けて思うのが、これまで何度もご指摘したとおり、変わりたいという言葉の裏には変わりたくないという意思があることです。

もちろん直接お会いしなければわからないこともたくさんあると承知していますが、充分相談メールの上でもこれらの意思が感じとれます。

そしてその変わりたくないという言葉を別の意味に置き換えれば、それは感情がゴールであるということです。


つまり、なんかモヤモヤする。

気分が晴れない

なんとなく億劫


そういった情動を、うれしいや楽しいといった感情にどうにか置き換えることができないかということです。


大抵の方々の言う変わりたいという言葉の趣旨や悩みの本質は、だいたいこれです。

言葉は悪いですが、ただの感情です。

これは子供が飴玉をもらって口の中の甘い味を、ずっとキープしたいと思っていることと本質的に同じです。

うれしいや楽しいといった感情の源泉は、機能脳科学的にいえばドーパミンとセロトニンの分泌量です。

それらを分泌させることが目的なら、他に手段はいくらでもあります。


しかしそればかりが優先され過ぎると、言うまでもありませんが、脳内だけでみれば麻薬中毒者の快楽ジャンキーです。

大事なものを見失ってしまいます。

ここであえてその大事なものが何であるかは言及しないで置きます。

ぜひ、ご自身で定義してほしいと思います!


ここまでの内容で、かなりきついことを書いたと自覚していますが、事実です。

口の中の甘い味がなくなったから、また次の飴玉を口にでは、何の解決にもなりません


いうまでもありませんが、誰だってモヤモヤするより、ハッピーの方が良いに決まってます。

もちろん別にうれしいや楽しいという感情を持ってもらうことが、悪いことだとは一切思っていません。

そういったことに囚われてはいけないというのが私の主張です。

我々がまだ動物だったころには、それでもまだ問題ありませんでした。

しかしここまで科学が発達し、物があふれる時代になると自身で感情をコントールする能力を身に付ける必要があると考えています。

それは感情を娯楽としてとらえ、人生を愉しむことです。

どんなときでも思う存分愉しむマインドです。

自分の人生の主役は自分だといことを、悩みがあってどうしてもという方は、ここでもう一度ぜひ再考してほしいと思います!

ご自身の心の変化は内側から外側へ広がっていき、すべてを変えていきます!

今日のブログの内容で、スコトーマが少しでも外れたなら幸いです。

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